直木賞作品・川越宗一著『 熱源 』を読む

 直木賞作品・川越宗一著『 熱源 』

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 主人公は樺太(サハリン)生まれのアイヌの青年と、リトアニア生まれのホーランド人。
 明治政府とロシア政府によって、土地と言語を奪われながら、雄々しく生き抜く2人を軸に展開する物語なのだが、ここに登場している人物の多くが実在の人物をモデルにして、史実をなぞるように物語を展開して描いていることに、この歴史小説の価値と、読みごたえというか、僕は醍醐味を感じた。

f:id:naozi:20200216141643j:plain主人公の樺太生まれのアイヌ人・ヤヨマネクフと、ポーランド人でありながらロシア皇帝暗殺計画に連座して樺太へ流刑となったロニスワフ・ピオトル・ピウスツキをはじめ、初めての南極探検隊の白瀬中尉、アイヌ語研究の第一人者・金田一京助、そして大隈重信が登場するなど、ほとんどの登場人物が実在なのである。


 さらに、僕は日本初めての南極探検隊にアイヌ人2人が参加していたことなどを知らなったので、改めて読み終わった後に、登場人物や史実をネット検索(ウィキペディアなど)してみた。
 参考までに登場している人物を何人か上げてみよう。

 

◇南極探検隊に参加した主人公のアイヌ人・ヤヨマネクフ

f:id:naozi:20200216141857j:plain 日本名・山辺安之助(やまべ やすのすけ)は、白瀬中尉の南極探検隊に樺太犬犬ぞり担当として参加。
 『アイヌを救うものは、決してなまやさしい慈善などではない。宗教でもない。善政でもない。ただ教育だ』と、樺太アイヌの指導者として、集落の近代化や、子どもたちへの教育に尽力した。著書に『あいぬ物語』(樺太アイヌ語による口述を金田一京助が筆記)。口承文芸の語り手としても、ヤシノスケという名前で、ポーランド人の民族学者ブロニスワフ・ピウスツキに説話を語っており、その説話は収録されている。

◇ヤヨマネクフの幼馴染のアイヌ人・シシラトガ
 日本名・花守信吉(はなもりしんきち)も、ヤヨマネクフと一緒に白瀬の南極探検隊に参加した樺太アイヌの男性として実在する。

 

◇もう一人の主人公で樺太(サハリン)流刑となったブロニスワフ・ピオトル・ピウスツキ

f:id:naozi:20200216141958j:plain ポーランド文化人類学者、社会主義活動家。1918年に独立したポーランド共和国の初代国家元首ユゼフ・ピウスツキは弟。
 1887年、アレクサンドル3世暗殺計画(この時処刑された首謀者の中にはウラジミール・レーニンの兄アレクサンドル・ウリヤーノフがいた)に連座して懲役15年の判決を受け、サハリン(樺太)へ流刑となる。
 サハリンでは、初めは大工として働き、アイヌの生活や風習を書き留めていたのをロシア地理学協会に認められて学者の道に。写真機と蝋管蓄音機を携えて資料収集を行い、樺太アイヌ、ギリヤーク、オロッコなどの写真・音声資料を多量に残した。同時に原住民の子供たちへ「識字学校」を作ってロシア語や算術・算盤教育をする。
 樺太南部にある集落・アイ村で村長バフンケの姪チュフサンマと結婚し、一男一女をもうける。

 

金田一京助(きんだいちきょうすけ)も登場

f:id:naozi:20200216142846j:plain 日本の言語学者民俗学者。日本のアイヌ語研究の本格的創始者として知られる。
 石川啄木との交遊も知られるが、物語では、ヨマネクフが南極探検隊に入ったときに東京の金田一を訪ねたときのやり取りで、それが次のように書かれている。
── 細君が出してくれた湯呑には、お茶ではなく白湯が注がれていた。
 「暮らし、苦しいのか」
 自分の話を終えてから、そっと尋ねると、金田一はやはり笑顔を作った。
 「仕事も薄給なのですが、友人の面倒を見ていまして、妻には苦労をかけています」
 詩の才を持つ石川という同郷の友人がいて、たびたび金を無心に来るという。
 「もうすぐ出す歌集にはぼくへの献辞も入れてくれたのですが、それより生活をきちんとして欲しいのですがね。ワレナキヌレテ、カニトタワムルなんて詠まれても、こちらが泣きたいくらいで」

 

◇南極探検隊の白瀬矗(しらせのぶ)

f:id:naozi:20200216142930j:plain 1910年12月、日本の陸軍軍人で南極探検家として開南丸で東京から出航し1911年2月26日に氷海へと到達、ロス海へ船を進める。しかしすでに南極では夏が終わろうとしていたためコールマン島から引き返し、越冬のためオーストラリアのシドニーへ寄港する。

 11月16日にシドニーを出航し、二度目の試みでエドワード7世半島を経由して南極大陸到達に成功する。
 開南丸から7名の突進隊が棚氷へと上陸し、南緯80度5分・西経165度37分まで探検した後、一帯を大和雪原と命名して帰国の途につく。
 この探検隊に、樺太アイヌ人のヤヨマネクフとシシラトガが同行しているのである。

 

◇このような実在の人物を、多くの資料をもとに、筆者は豊かな想像力で生き生きと描いていて、実に読みごたえがあり、さすが話題の直木賞受賞作だと思った。

 さらに、最後の「終章・熱源」は、感動的に描かれていて、爽やかな気分で本書を閉じることができた。