原田マハ著『暗幕のゲルニカ』を再読する

 この本は、ニューヨークの近代美術館のキュレーター経験があり、アートへの造詣が深い原田マハだからこそ描けたと思われる渾身の力作である。
 僕は2016年に直木賞候補作となったときに読んだ。しかし、今、再び、読みたくなって再読した。
 2022年に始まったロシアのウクライナ侵攻が今だ続き、トランプ米大統領の両国への停戦交渉も進展せず、今も戦禍は続いている。そしてイスラエルガザ地区への砲撃、そんなニュースの悲惨な映像を観ながら、この原田マハの小説『暗幕のゲルニカを思い出したのだ。

     

  
 ピカソの絵画「ゲルニカは、パリ万国博覧会のスペイン館を飾る作品として、スペイン内戦中の1937年に描かれたものである。
 ピカソがドイツ空軍のゲルニカに対しての都市無差別爆撃批判を主題として描いた「ゲルニカ」。この絵画にピカソは激しい怒りをあらわに製作した意図、それに接した人がどんな願いを抱いて「ゲルニカ」を守り、世界の人々に平和を訴えようとしたか、世界から戦火が絶えない今も、改めて読むに価する内容である。

 ピカソという芸術家と、彼と彼の「ゲルニカ」絵画に接した人々の、命を懸けての戦争批判、平和への願いが、当時のパリを初めとしたヨーロッパ各地へのヒットラーの侵略、スペインのフランコ独裁政治、さらにニューヨークの9・11テロ事件など、政治的な大きな波を舞台にして物語は展開し、平和を希求する物語となって描かれている。

 冒頭に「芸術は、飾りではない。戦争やテロリズムや暴力と闘う武器なのだ」という強烈なピカソの言葉が、紹介されているのだが、この物語を読み終わった今、あらためてパブロ・ピカソという偉大な画家が、戦争の悲惨さ、愚かさを、「ゲルニカ」という作品に思いを込めて世界に訴えた歴史的事実として知ることができる。

     

 これは、表紙の「ゲルニカ」の絵を接写したものだが、本書・第五章で、ピカソがこの絵を描いた強い意思の現れが、次の様なやり取りで書かれている。
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 スペイン館で〈ゲルニカ〉が公開された、その日。
 その全貌を初めて大衆の前に現した〈ゲルニカ〉の前で、敵陣視察とばかりにやってきたナチスの将校たちと、ピカソは向かい合っていた。
 将校のひとりが、ピカソに尋ねた。
 ─この絵を描いたのは、貴様か?
 ピカソはたじろぎもせず答えた。
 ─いいや。この絵の作者は、あんたたちだ。
 このやりとりに会場は騒然となった。
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 この物語のタイトル「暗幕のゲルニカ」は、2001年9月に起こったアメリ同時多発テロに対して、アメリカがイラク空爆に踏み切る直前、米国務長官が国連本部のロビーに飾られていた「ゲルニカ」のタペストリー前で記者会見をしたときに、その背景にあるはずの「ゲルニカタペストリーは暗幕がかけられた「国連本部ゲルニカの暗幕事件」が、原田マハがこの物語を書くきっかけになっているという。
 とにかく、戦争の愚かさ、負の連鎖の愚かさを描き、芸術を武器に平和を希求する人々の闘いを見事に描いた読み応えのある作品である。