藤岡陽子著『リラの花咲くけものみち』を読む

 前にも書いたが、藤岡陽子という著者は小説家であり看護師でもある。
 そして経歴が面白い。報知新聞社のスポーツ記者をやめてから、タンザニアでスワヒリ語を学び、帰国後、小説家を目指すが経済的に夫に依存することに不安を感じ看護専門学校に通い看護師資格を習得し、現在、看護師として働きながら、「生きる」ことをテーマに感動的な小説を書く。
 前回、読んだのは『海とジイ』。瀬戸内海の島を舞台に、人生の黄昏期を迎えた3人の「ジイ(おじいさん)」の生き様と、その彼らから思いを受け取る人々の再生を描いた3編の短編小説集だったが、今回は『リラの花咲くけものみち』という、一人の少女の成長物語。
 NHKのドラマですでに放映されているが、近々、第2弾が放映されるというので、その前に読んでみようと手にした。

    

 小学生の時に母を亡くした少女は、父の再婚相手とうまくいかず、父親が単身赴任した中学生時代はほとんど不登校になる。
 少女は愛犬だけが心の拠り所に、継母が嫌がる愛犬と共に部屋に籠もっての生活。
 そんな心に傷を負った孫娘の存在を母方の祖母が知る。
 祖母は孫を強引に引き取り、2人の生活を始める。
 祖母の優しさ、祖母がずっとかわいがっていた犬やペットたちに触れながら、少女は少しずつ心を開き、生きる気力を取り戻し、チャレンジスクールに通って獣医師を目指すようになる。
 祖母は住んでる家を売り少女の希望を叶え、少女は北海道の獣医大学に入学。
 そこで「動物を診る実習」の中での、命を救う現場の厳しさや過酷さに、くじけそうになりながらも、大学で知り合った級友や実習先の獣医達、酪農家の人びとなどに触れながら、不器用ながらも成長していく。

 これ以上のネタバレは、これから読む人、TVドラマを観る人の邪魔になるのでひかえるが、ちょっと涙腺が気になりながら読み進める箇所も多々あり、なかなかの感動的な物語である。
 さすが藤岡陽子の作品。
 この物語を原作にドラマ化された映像の再放送を、昨夜、ビデオ録画で観たが、北海道の雄大な風景、清々しい並木道、夕暮れ時の空の輝きなどが随所に映し出され、大学で知り合った友人たちと、回りの人たちに支えられながら、懸命に困難を乗り越えていく少女の姿に、原作同様に涙腺を刺激された。
 

河﨑秋子著『隣の畑は青々と』を読む

 2024年に直木賞を受賞した河崎秋子さんは、北海道の別海町出身の作家。
 北海道の東、別海町と言ったらヤマギシの牧場があるところで隣の農場だった。
 そんなことで、直木賞受賞作『ともぐい』を読んで「これが40代の女性が書いた文章?」と驚くほどの圧巻に驚く。
 厳しい自然の中で熊も鹿も兎も、そして人間も、同じ〝生きとし生けるもの〟としての命のやり取りが、リアルに描かれて、その世界に惹き込まれ、立て続けに、『土に贖(あがな)う』『鯨の岬』『肉弾』『締め殺しの樹』『颶風(ぐふう)の王』『鳩護(はともり)』『銀色のステイヤー』など、ほとんどの作品を読み、河崎秋子ワールドにハマった時期があった。
 この新作『隣の畑は青々と』は、今までの河崎秋子ワールドとはちょっと異なった7編の連作短篇集。

     

 この作品は、〝生きとし生けるもの〟としての命のやり取りとか、派手でリアルな人間と動物との命のやり取りではなく、北海道の十勝の畑作農家を舞台に、移住者、希望を抱いて農家に婿入りした青年、大規模農業経営拡大に邁進する実業者など、北海道の農の営みの現状とその問題点について、各々の目線から描かれて、農家の抱える現状の問題点が分かる物語あった。
 北海道の畑作農家などにも、いろいろとこんなテーマがあるのか、それぞれ農家が抱えている問題に「そうだよなぁ~」と思いながら、読み終わった時に、北海道の農業団体の「ジャガイモ輸入解禁反対」の記者会見ニュースが報道していた。

        

 日本は現在、アメリカ産の生食用ジャガイモを、ポテトチップス加工用の一部を除き原則輸入禁止としているが、アメリカ側は、生食用ジャガイモの全面輸入解禁を日本に求めていて、農林水産省は解禁に向けた手続きを進めていることへの断固反対の記者会見だった。
 河﨑秋子さんが取り上げた農家の問題テーマに、さらにこれが加わるのかと、胸の痛みをつい感じてしまった次第。

都内の美術館巡り・その2「東京国立博物館」

 猛暑の昼下がり。

 「すみだ北斎美術展」から向かったのが、上野の東京国立博物館
 ここでは現在、『弘法大師生誕1250年記念 特別展「空海と真言の名宝」』が開催中だ。

     

 チケット購入に20分ほど並ぶ。

     

 この展示は最後の部屋以外は撮影禁止。


 空海の坐像から展覧は始まり、空海が自ら写したという教典類の書から、唐から持ち帰った宝物や、空海が指導して表した絵図、真言宗派の各寺が秘蔵し保管している曼荼羅図や仏像群など、ほとんどが国宝や重要文化財の展示、約90点。
 密教では儀式が大事と空海は文章だけで伝えるのが難しいと考え、仏さまの姿を「図像」という形で教えたという。
 さらに天皇家がいまでも執り行っているという後七日御修法にまつわる宝の数々と儀式の様子。
 真言宗各派総大本山会の9つの寺の名宝、様々な仏像、仏画、石山寺縁起絵巻や信貴山縁起絵巻などの絵巻物など圧巻。
 台座から本体まで、なんとひとつの木から彫りだしているものもある。
 香木片げ彫ったという小さな仏像は将軍・徳川家茂に嫁いだ和宮が持っていたもの。明治天皇が奈良行幸で切り取って、当時、病だったという和宮に病気快癒を願って贈ったとも説明書に書かれていた。

 そして最後の部屋での展示は仏像郡。並べられた仏像の空間に圧倒される。
 この部屋だけ撮影OK
 「五智如来坐像」に圧倒される。

     

 こちらは、「愛染明王坐像」。

     

     

 

 さすが、国立博物館が企画した密教秘宝展、鑑賞甲斐ある特別展だった。

 都内美術館巡りの一日として、最後に予定していたのは、渋谷区立松濤美術館だったが、2つの美術品鑑賞で、時間的にも、心身共に、精一杯。その3は後日とする。

 

都内の美術館巡り・その1「すみだ北斎美術館」

 猛暑の日が続いている。今年のファーム町田店の夏休みは17日~21日。
 山や旅行に出掛けている人もいるが、僕は都心の美術館で興味のある現在開催中の特別展巡り。

◇その1・両国にある「すみだ北斎美術館」で、開館10周年を記念して、『北斎 広重 ふたりの富士、それぞれの富士』をやっているのを知って出掛ける。

     

     

 浮世絵を代表する葛飾北斎と歌川広重は37歳の年齢差。
 その2人が多くの作品で富士山を描いているが、その表現方法が異なる。
 それは、2人の個性なのか? ライバル意識からの表現方法の差異なのか?
 その興味あるテーマを、観る人それぞれが想像をふくらませながら鑑賞でき、丹念に分かり易く比較できるように展示してあり、観応えある特別展だった。

 帰りに購入したパンフレット掲載の作品を接写させてもらって、何点か載せておく。

     

 北斎の「富岳三十六景」神奈川沖浪裏

     

 こちらは歌川広重の「不二三十六景」の富士山表現

     

     

 これも歌川広重の「富士三十六景」の富士山

     

 北斎と広重の対比

     

 同じ場所、類似した構図の作品を比較しながら、北斎と広重、それぞれの個性、それぞれがめざした作品世界が浮き彫りに展示されていた。

 

 常設展示のPhoto何点かスマホに収めてきたもの。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

 これが北斎と三女の応為のアトリエ風景模型

     

 帰りに気付いたマンホール図柄

     

 

今村翔吾著『海を破る者』を読む

 先日、街の書店の減少について書いたときに、直木賞作家・今村翔吾氏は経営不振に陥っていた書店事業を継承し佐賀駅構内で新規店を開業したり、テレビやラジオのコメンテーターや全国の図書館・保育園・学校などで書店についての講演を行い、さらに東京・神保町でシェア型書店の経営に着手するということを知って、今村翔吾の小説を読みたくなって手にしたのが、この『海を破る者』である。

     

 この歴史小説『海を破る者』は、鎌倉時代の最大の国難である蒙古襲来「元寇」を舞台に、没落した伊予の名門・河野家の若き当主である河野六郎通有の活躍の物語である。
 河野六郎通有が元寇の「弘安の役」で挙げた武功は、当時の絵巻物にも記録が残る。
 神風(台風)が襲来して蒙古軍を撤退させたその中に、日本防衛の立役者として河野六郎通有にスポットを当てた物語なのだ。

 物語の前半は、源頼朝の時代には名門だった伊予の名門後家人の河野家は、一族の内紛から骨肉の争いを経て没落。
 当主の座を争う河野六郎通有は、奴隷市で西域の少女と高麗の青年を買い受ける。

 血のつながりや言語、神への信仰も違う3人は、他家からの偏見を乗り越えて、やがて心を通わせ、一つの家族のように暮らすようになる。

 物語の後半は、アジア大陸最強の帝国である蒙古軍の大艦隊が博多湾に押し寄せる「蒙古襲来を描く。
 河野六郎通有は他の後家人とは異なり、防御の石築地(防塁)の「外」、あえて波打ち際に陣、後世「河野の後築地」と呼ばれを陣を張り、のちの村上水軍と呼ばれる船乗り達の圧倒的な操船技術、元軍の油断を突く独自の戦法を展開し、神風(台風)襲来までの時を稼ぎ蒙古軍を撤退させる活躍を描く。

 それは、血を分けた一族の内紛を経験し、血のつながらぬ者たちとも絆を育んだ河野六郎通有にとって、「なぜ、人は争わねばならないのか、何を守るために戦うのか」を問いながらの闘いでもあり、他国の民とも繫がり共に生きるという希望の光を胸に秘めながらの海戦。それに後家人として身を投じる壮絶な男としての姿が描かれている。

藤岡陽子著『海とジイ』を読む

 藤岡陽子という著者は、小説家であり看護師でもある。
 そして経歴が面白い。報知新聞社のスポーツ記者をやめてから、タンザニアでスワヒリ語を学び、帰国後、小説家を目指すが経済的に夫に依存することに不安を感じ看護専門学校に通い看護師資格を習得し、現在、看護師として働きながら小説も書く。
 今回、読んだ『海とジイ』は、瀬戸内海の島を舞台に、人生の黄昏期を迎えた3人の「ジイ(おじいさん)」の生き様と、彼らから思いを受け取る人々の再生を描いた3編の短編小説集。

     

 巻末の解説で、絵本作家のきむらゆういち氏は「長く読みつがれていく作品」と題して、絵本とも共通する普遍的なテーマ「消えゆく命が次の命に伝えたい大切なことは何か」を小説という形で描いていると述べている。
 つまり、全体を貫く共通のテーマは、「人生の再生」と「魂のバトン(命の継承)」なのだ。
 登場人物は、いじめ、閉院、挫折など、みな心に大きな傷を負っている。そんな者たちを、美しく穏やかな瀬戸内海の自然が傷ついた心を優しく癒やし、長く厳しい人生を生き抜き、強さと優しさを持っている「ジイ」達の生き様と知恵に触れ、迷える若者や大人たちの人生の指針となり再生の光を掴むという、世代を超えた命のバトンなのである。

 ちょっとだけ3編の物語に触れておこう。
*海神(わだつみ)
 いじめが原因で不登校になった小学4年生の主人公が、瀬戸内の島に暮らす曾祖父を訪ねる。死期が近いといわれる曾祖父は、病人とは思えないほど元気に地元の神社へ案内する。素祖父はその後入院するのだが、そこで交わした2人だけの大切な約束が描かれている。

*夕凪(ゆうなぎ)
 主人公は48歳の看護師。70代後半の老医師が営むクリニックで20年以上務めている。ある日、老医師は「閉院する」とだけ告げ、突然姿を消す。困惑と心配を胸に医師が向かったと思われる瀬戸内海の島へ。島で見つけた老医師は、かつての医療従事者としての誇りと、ある重大な「覚悟」を胸に秘めている。長年傍で支えてきたからこそ分かる絆と、人生の終盤をどう生きるかという老医師の決意が描かれている。

*波光(はこう)
 主人公は将来を嘱望されながらも、大きな怪我によって陸上選手の道を完全に断たれてしまった青年。人生の目標を失って自暴自棄になり、母親と激しい口論の末に家を飛び出し、逃げ込んだ先は、子供の頃に一度だけ訪れたことのある瀬戸内海の島。そこで生きている祖父は「石の博物館」を営む。風変わりながらも一本芯の通った祖父の生き様や、彼が語る過去の苦難に触れる。そんな祖父から贈られた言葉によって、青年は挫折を乗り越え、再び自分の足で歩き出す強さを取り戻す。

 3編共に、胸に染みいる物語で「生きることの大切さ」が描かれている。

女性作家5人の短編集・文庫『本屋さんのある街で』を読む

 季刊誌『フラタニティ』に掲載する読後感想原稿として、文庫『本屋さんのある街で』を取り上げて「減少が続く街の書店の価値」をテーマに考えてみた。

     

◇街の書店減少がとまらない
 出版文化産業振興財団の調査によると、今年3月末時点で書店が一軒もない自治体は全国で510自治体、全市区町村の3割を切って全国書店数は9900店余りの1万店割れ、ピーク時(98年度の24237店)の4割余りとなったと報告がされている。

 6月末には紀伊國屋書店など全国に書店を展開する15社は、売り上げの減少や物流コストの上昇などで事業環境が悪化する中、共同で物流の効率化などを進め収益改善に取り組むと声明も出された。
 文芸や人文書を手がける河出書房新社(東京・神楽坂)では、社内編集部フロアの一部に、好きな本を語り合える「基地」として合言葉「とにかく本の話を続けよう」と社員が企画し、小さな書店「河出書店」を始めるという動き。
 プレジデント社からは『2028年 街から書店が消える日 ~本屋再生!識者30人からのメッセージ』と題した書籍が刊行されている。
 その中の一人でもある直木賞作家・今村翔吾氏は経営不振に陥っていた書店事業を継承し佐賀駅構内で新規店を開業したり、テレビラジオのコメンテーターや全国の図書館・保育園・学校などで書店についての講演を行い、さらに東京・神保町でシェア型書店の経営に着手するという。
 また先日の朝日新聞「ひと」欄では、3店の閉店に関わった元店長S氏が「決まってパズル雑誌を買いに来るお年寄り、幼稚園帰りなのか絵本を買いに来る親子連れ。地域の日々の当たり前を守りたい」と、新規開店事業の4千万円を超える借り入れをインスタグラムなどで発信しクラウドファンディングで支援を呼びかけて、新たな書店の開業を目指すことにしたと紹介されていた。

◇文庫『本屋さんのある街で』
 そんな記事に触れ書店減少に少なからず危惧を感じている今、目に止まったのが『本屋さんのある街で』と題した現在活躍中の女性作家5人の短編集である。
 「幼いころに読んでもらった絵本、はじめて自分で買った小説、発売が待ちきれなかった雑誌、人生を変えた一冊」本との出会いを心の栄養にして、ひとは成長する。地域と共にをモットーに営む書店。
 そんな本を届ける最前線にいるのは「ままならないことの多い人生に向き合いながら店を開き、日々、お客さんを迎える街の本屋さん」と、書店とそこで働く人たちへの愛をこめて綴られた短編である。
  収録作は、

  瀬尾まいこの『続きは書店で』
  一穂ミチの『歌うように生きて』
  坂木司の『手に取って見てみろよ』
  凪良ゆうの『小鳥たち』
  三浦しをんの『見晴らし書店の一日』の5作品。
 それぞれの作品にも触れたいが、ここでは省略するが、そこに一貫して流れているのは、地域にとってもそこに住む私にとっても「書店がなくなるなんて考えられない」という書店を愛する必然的な心情である。

 ネット社会になった今、キーボードを叩くだけで簡単に書籍は手に入るし、最近よく耳にするタイパ・コスパ重視の風潮には応えてもらえる。
 しかし書店には「たまたま立ち寄って本と出会う場所」という役割がある。「ふと目に入った本や、それまで関心がなかったのに気になるテーマが浮かび上がり、そうした本との出会いにより、新たな経験を得ることで、読み手の思考を変えうる」という単に本を購入する場所だけでなく、知的・感性的な価値を提供する空間として重要な意味を持つという体験はなくなってしまう。
 偶然の出会いの場、あるいは忙しい日常の「余白」としての空間価値、何も買わなくても立ち寄れる居場所であり、ふと立ち止まって心を整える場所。「消費」ではなく「体験」という要素も兼ねた観点での、かけがえのない価値を持つ街の書店。なくならないでと思うのは僕だけだろうか。