久々にPhoto おしゃべり、もろもろ

 いま、ノウゼンカズラがきれいに咲いている。

     


◇今日は7月7日、暦では「七夕」だ。
 我がファーム町田店の入口に、竹林から竹を取ってきて飾り、お客さんに願い事を書いてもらった。

     

     

     

     

 希望するお客さんには、お家で七夕飾りに使って欲しいと、竹枝を持ち帰ってもらった。


◇先週は「なかよし花壇」の花の苗定植
 今年もファーム町田店の駐車場脇の「なかよし花壇」の秋の花苗定植の時期が来た。
 町田市では「市民の手づくりによる花壇の草花が街を彩る企画」として、希望する市民や団体に、花の苗を提供して、それを植えた花壇の出来映えを審査する「花壇コンクール」をやっている。
 我がファーム町田店でも、その「花壇コンクール」に参加しているので、先週、花の苗の定植をした。

     

     

     

 梅雨に入ってから雨模様が多い日が続くので根付きが良く元気に育っている。

 

◇最近のファーム町田店のイベント
 ファーム町田店の味わい広場などのイベントは僕が担当している。
 ,土曜日は、豚串の炭火焼き。

     

     

 日曜日は、焼き鳥。

     

     

 そして、最近は火曜日に「トラック市」をやりだした。

     

 埼玉県のヤマギシの村・岡部実顕地で多めに出来た野菜を、お店の入口でバス通りからも目立つ場所で、軽トラの荷台に並べた野菜類を格安で販売しお客さんに喜んでもらっている。

 

◇今日の夕方、版画展を鑑賞。
 石川県に住んでいるひとみさんから「義姉の版画展が相模原でやっているので観てよ。」と連絡をもらう。
 「版画三人展-版・色彩・フォルムによる絵画表現」と題した、岡田育美さん、片岡外志子さん、佐藤寧音さんという日本版画協会に所属する3人の作家による展覧会。

     

     

     

 ひとみさんのお姉さんは銅版画。太い線と細やかな線の対比による表現が特徴の作品。緻密な線での表現が凄い。
               

クマさんこと篠原勝之さんの『A アンペア』を読む

 先日、NHKの「こころの時代~宗教・人生~」で、自らを「ゲージツ家」と称していて、愛称・クマさんと呼ばれているスキンヘットの篠原勝之さんの「人生 漂えど沈まず」を再放送していたので観た。

     

 今年の4月に84歳で亡くなったクマさんこと篠原勝之さんは、モンゴルやサハラ砂漠、四万十川など世界の辺境を舞台に、巨大な鉄のオブジェを作ったり、甲斐駒ヶ岳の麓の工房で、初めての自伝的小説を書き、自作の窯で小さな茶碗を焼いたりと、多彩な才能の持ち主。


 放送を観た後、篠原さんの書籍を読んでみたいと思って捜したが、なかなか見つからず。やっと手にしたのが、この『Aアンペア』だ。

     

 学校でも勉強にはいまいち集中出来ず、運動や遊戯も得意ではない。ドッチボールなどは一番最初に標的となってボールを当てられる。犬が苦手で小心者の少年。
 親友の電気店の息子が自転車につけてくれたのが、弁当箱を使っての「生きてる量をはかる」メーター、アンペア・メーターだった。
 「見えなくても確かに在るものって在るだろ?」
 アンペアとは電気が流れる(電流)を表す単位。
 少年の自転車は大人用のゴッツい自転車。それを三角乗りする。
 ペダルを踏むとアンペア数が上がる。僕の中にも、見えないアンペアは確かにあるんだ……と。
 そして、「生きる意味って何だろう?」と問いながら成長していく。
 そんな物語だった。

 特に最後の章は、僕は一番感動。
 牛飼いの父親の牧場に行って、逆子の仔牛出産に遭遇。
 発電している自家用の風車も壊れて突然の停電。
 少年は自分の自転車のライトに気付いて、三角乗りで懸命にペダルを踏んで、暗闇の中での牛と父親の奮闘を照らす。無事出産が終わる頃には少年は酸素不足で気を失ってしますほど。

 蛇足になるが、僕が育った頃も、子供用自転車などはなかった。大人用の荷台がガッシリした重量感ある自転車に、子ども達は三角乗りで乗り回していた。乗れるようになるまで膝小僧を擦りむきながら練習した。そんな事を思いだした。

藤沢周平著『橋ものがたり』を読む

 この文庫は、藤沢周平の短編集である。
 江戸の橋を舞台に市井に生きる職人たちを主人公に、精一杯生きる日常においての出会いと別れ、人生の哀歓を描いた物語が10編収録されている。

     

 何編かはドラマ化されているらしいが、さすが藤沢周平の描く物語だと、一遍一遍それぞれに読み応えがある。
   ・約束
   ・小ぬか雨
   ・思い違い
   ・赤い夕日
   ・小さな橋で
   ・氷雨降る
   ・殺すな
   ・まぼろしの橋
   ・吹く風は秋
   ・川霧
 さまざまな境遇のもと、さまざまな思いを胸に抱いて精一杯生活している。そんな男女が橋の上で行き交い交じり合う。
 登場人物の橋の上で思いあまって交わす会話と、そこに潜む痛いほど伝わる心情。そして藤沢周平の巧みな情景描写が、何とも味わい深い。

  巻末の「解説」で井上ひさしは次の様に書いている。(本誌387P
--『箸ものがたり』などは、梅雨どきの土曜日のひとときを過ごすのにもってこいです。この小説集は橋にまつわる十の短編を集めたものですが、まずこの着眼に唸らされました。江戸期の橋は、現在の省線の駅のようなもの、人びとは橋を目あてに集まり、待ち合せ、そして散らばり去ります。人びとの離合集散が多いということは、それだけ紡ぎ出される「物語」の数も多いわけで、作者はこの橋の役割を充分に承知した上で、物語作者としての腕を縦横にふるっています。---
 と書いている。

 蛇足になるが、僕の手元に『隅田川十六橋』というスケッチ絵葉書がある。
 かれこれ20年ほど前に、高田馬場駅前でスケッチをしていた人がいて、その人が描く高田馬場に魅せられて買ったのが16枚のスケッチ絵葉書。隅田川に架かる16の橋を描いているものだ。作者は水野義雄さん。 時々、地方の地人宛てに使ってはいたがまだ半分ほど残っている。

     

 この『橋ものがたり』を読みながら、描かれた時代は違うが、その絵葉書をしみじみと見て橋のもつ不思議さを感じてしまった。

「花しょうぶ」がきれいに咲いていました

 我が家から車で15分程のところに、「新東京百景」「東京都指定名勝」に指定され、「日本の歴史公園100選」にも選定されている『薬師池公園』がある。
 僕は四季折々に、ここを訪れて園内を散歩しながら花々を楽しんでいる。

     

 先週末からは「しょうぶ・あじさいまつり」。

     

 早速、菖蒲田へ・・・。

     

 色とりどりの花しょうぶが咲き誇っている。

     

     

     

     

     

 菖蒲田の中ほどには水車小屋がある。

     

 水車小屋の近くの菖蒲田では、早乙女姿の花摘みさんが、咲き終わった花を摘んで、次に咲く花がうつくしく咲くように手入れをしていた。

     

     

 「大変ですねぇ~」と声を掛けると「昨日は台風で手入れができなかったので、今日は摘む花が多くてねぇ~、ここには1200株あるんですよ。」とのこと。

     


 帰りに「紫陽花エリア」に寄ってみた。
 きれいに咲いている紫陽花はあるが、全体的にはこれからって感じ・・・。

     

     

     

     

 睡蓮池には睡蓮も咲き出していた。

     

     

     

 暫くぶりで訪れたが、満足、満足・・・。

 

原田マハ著『カフーを待ちわびて』を再読

 今日は沖縄地方に台風6号が襲来。
 次男家族が沖縄に住んでいることもあって、心配してメールしたら、中学2年生の孫から「大丈夫だよ、台風には慣れているから対策はバッチリ。今日は休校でテストも延期、テス勉の時間が延びて、めっっちゃ神。父も母も仕事が休みで、みんなでのんびり…」との返信。


 そんな時に読み終わったのが沖縄の離島を舞台にしたこの本だ。
 著者の原田マハさんの作品を僕が好きになったのも、この本が最初なのだが「透明タペストリー2」さんのブログを読んでいたら、原田マハさん書籍の感想がいろいろアップされていて、僕ももう一度、この原田マハさんの『カフーを待ちわびて』を読みたくなって再読という次第。

     

 この小説、原田マハさんが最初に小説という形で書いた作品で、2005年に宝島社の「日本ラブストーリー大賞」第1回の受賞作。
 原田マハさんの沖縄を舞台の小説には、『風のマジム』『太陽の棘』もあり、それも感動した小説だが、この小説も実に読後に、何というか、ふわ~とした幸せ余韻を味わうことができる。(途中で何度か涙腺を刺激されたが…)

 題名の「カフー」とは、沖縄の言葉で「果報(かほう)」と書いて「幸せ」「幸運」「良い知らせ」を意味するようだが、主人公の青年・明青(あきお)は、沖縄県与那喜島で一人で雑貨店を営みながら、子犬(名前がカフー)と一緒にのんびりと暮らす。
 そこに、一通の手紙が届く。
 差出人は、「幸」という見覚えのない名前。彼女は、明青が数ヵ月前、北陸方面の旅先の神社で、冗談まじりに「嫁に来ないか。幸せにします」と書いた絵馬を見て、『その言葉が本当なら私をお嫁さんにして下さい』と手紙で伝えてきたのだった。
 やがて、「幸」と名乗る女性が現れる。
 そこから物語は展開。


 あとは、ネタバレになってこれから読む人の迷惑になるので差し控えるが、読んでる途中はその展開にハラハラと先を急がされ、涙腺を刺激され、沖縄独特の雰囲気を味わうことができて、お薦めの小説、間違いなしだ。

幸せな読後の余韻・津村記久子著『水車小屋のネネ』

 この本は2024年本屋大賞の第2位だったので知ってはいたが、何となくタイトルからファンタジー的な感じを受けて手にしていなかった。

     

 しかし、先日、新聞書籍広告で文芸評論家の三宅香帆さんが「この殺伐とした時代に、こんな物語がうまれてきたことを寿(ことほ)ぎたい」という言葉に誘われて読んでみた。

 この言葉に何かを感じたのにも少々理由がある。
 今年に入って思想家であり武道家でもある内田樹さんの書籍『反知性主義者の肖像』『コモンの再生』『勇気論』をたて続けて読んで、尖った言葉が蔓延する社会で「親切」が教育や社会生活の根幹となる重要な概念だと言っていることに触れ、それに共感して、もう少し僕たちの生きる環境の中での「親切」って、どんな形で生まれて培養されるのだろうと思っていたからかも知れない。

 この『水車小屋のネネ』は、何と「助け合い支え合う人々」の40年を描く長編小説なのである。
 高校を卒業したばかりの18歳の姉と10歳の妹が、母親とその再婚相手の義父の身勝手な行動のため、とある田舎へ引越し、姉は蕎麦屋で職を見つけて姉妹の自立生活を始める。

 姉妹の困難な状況を戸惑いながらも受け入れていく店主夫婦と周りの人々。
 そば粉をひくための水車小屋にはヨウムという賢い鳥がいる。

 その鳥の世話をしながら物語は展開。
 姉妹を取りまく人たちによる小さな何気ない親切が、姉妹に平凡な暮らしの中での小さな幸せをもたらし、2人は自立して成長していく。
 そして、姉妹の成長には水車小屋にいるヨウムが彩りを添えていい役を醸し出しているのだが、そんな姉妹それぞれの心理の変化を繊細に描かれ、読む人の心を温かくする。

 10年ごとに章を変えて描かれているのだが、姉妹の成長と彼女たちが大人になった姿に、「親切」とは何か、「良心」とは何かを教えてくれるし、つくづくとその「人の役に立つことが自然な行動となる生き方」は、社会の中で「善の連鎖」として存在しうることを感じさせてくれる物語だった。
 最後に蛇足になるが、幼かった妹の担任だった女教師も姉妹を見守ってくれた一人なのだが、その老いた元教師が言う「誰かに親切にしなきゃ、人生は長くて退屈なものですよ」という言葉に僕を唸ってしまった。


◇この物語に出てくる「ネネ」こと「ヨウム」という鳥を僕は始めて知った。
 大型インコで、平均寿命は50年前後。知能が非常に高く、人の言葉をよく覚える種として名高い。人間で例えると少なくとも5歳児の知能を持つとされている。また、人の言葉を真似るだけではなく「言葉の意味を理解して人間とコミュニケーションをとる能力がある」と言われている。声は似た体格の白色オウムに比べると雄叫びがなく静かであるが、声真似が得意な特性から電話やサイレンなどの電子音まで真似る。

 

◇こちらの内田樹さんの書籍もお薦め

     

 

5月10日のPhoto おしゃべり

 今日は5月も中旬に入って初夏のような陽気。久々にスマホに入っているPhotoを整理しているついでに、ちょっとおしゃべり。

 

◇我が家のロビー前の展示コーナーには「鯉のぼり」が泳いでいる。

     

 

◇「なかよし花壇」が町田市の花壇コンクールで「入賞」受賞。
 毎年、ブログに書いているが、町田市では「市民の手づくりによる花壇の草花が街を彩る企画」として、希望する市民や団体に、花の苗を提供して、それを植えた花壇の出来映えを審査する「花壇コンクール」をやっている。
 我がファーム町田店でも、その「花壇コンクール」に駐車場わきの花壇が参加している。
 年ごとにコンクールに参加する花壇は増えて、現在は300を超える花壇がコンクールに参加している。
 2024年秋コンクールでは「最優秀賞」という第一席をGet
 昨年は「入賞」。
 審査にいつ来られたのかは不明だったが、今年も「入賞」の表示看板が立てられた。

     

     

 いまは、「ムギナデシコ」が咲き誇っている。

     

     

 

◇鎌倉のお寺に寄り道して、お花を愛でる。
 先週、腰痛予防対策で骨盤調整に、鎌倉の友人の治療院に行った。
 駅近くの若宮大路の入口に「大巧寺」というお寺があったので「何かきれいな花があるかな?」と道草。

     

     

 紅シランが咲いていた。

     

     

 こちらは白色のシランでも、口紅を付けているようなので「口紅シラン」と言うらしい。

     

 この花は「白丁花(ハクチョウゲ)」

     

     

 こちらの花、「コボウズオトギリソウ」と名札が付いていたので、どんな字を書くのだろうと調べたら「小坊主弟切草」と。

     

 何故、「小坊主弟切草」と名が付いたのかと調べたら・・・。
 ---(ネット検索から)
 この文字の由来は弟切草の逸話からきています。
 弟切草は昔から薬草として使われ、傷ついた家畜の手当てにも使われていました。
 「昔、ある鷹匠の兄弟が、鷹が傷ついたときの治療薬として弟切草を使っていました。仲間の鷹匠には草の名前を明かしていませんでしたが、ある日彼の弟がうっかり他の鷹匠に秘密をばらしていしまい、怒った兄が弟を斬り殺してしまった。」という平安時代の伝説が由来と言われています。---