石川文洋さんの写真展に行く

 横浜のみなとみらい線の「日本大道り駅」が直結しているニュースパーク(日本新聞博物館)で、現在、写真家・石川文洋さんの『 80歳の列島あるき旅・石川文洋写真展 フクシマ、沖縄3500キロ 』が開催されていることを新聞で知った。


 石川文洋さんとは、かなり以前になるが、ヤマギシズム学園高等部生のミュージカル『 農が好きだ 』を東京で公演した時に、推薦人になっていただいたのをキッカケに3、4度お会いしお話をしたことがある。
 「文洋さん、80歳になったのかあ~、元気だなあ~」。そう思って、ぜひ、写真を観たいと思ったのだ。
 
 ここがニュースパーク(日本新聞博物館)だ。

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 日本新聞博物館だけあって、中に入ると巨大な新聞印刷のオフセット輪転機が展示されていた。

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 これは、実際に静岡新聞社で使っていたものらしい。

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 写真展は2階の企画展示室。

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 コロナ禍の中での開催なので事前申込み。
 検温をして展示室に入ると、石川さん自筆の「挨拶文」が。

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 沖縄生まれの石川文洋さんは、ベトナム戦争の従軍取材で有名な写真家だ。
 2018年7月から2019年6月までの11ヵ月間をかけ、日本の北から南まで踏破。80歳の挑戦。

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 展示されているのは、北海道・宗谷岬から沖縄まで約3500キロの長大な旅の軌跡での写真。

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 北海道の雄大な自然とそこで暮らす人々。東日本大震災東京電力福島第1原発事故の爪痕や復興の様子。阪神 ・淡路大震災、熊本地震などの被災地のまだ癒えぬ傷痕を記録。

 三沢や岩国などの米軍基地の写真や、沖縄では米軍基地建設で揺れる名護市辺野古や嘉手納基地、普天間飛行場などを撮影した写真。

 石川さんは、この旅で3万5千枚の写真を撮って、その中から約120枚を厳選して展示。

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 旅先で出会った人たちの写真も展示されている。
 大人も、子供たちも、石川さんの優しい眼差しが、そのまま写真に現れている。
 使用した靴やリュック、衣類、筆記用具なども展示してあった。

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 石川文洋さん

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 ニュースパーク(日本新聞博物館)周辺の、秋の木々の彩りもきれいだった。

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木内昇著『櫛挽道守(くしひきちもり)』を読む

 いらない本をメルカリに出品しようかと思って本棚の整理をしていたら、木内昇『櫛挽道守(くしひきちもり)』が出てきた。
 かなり以前、6~7年前に読んだ本だ。
 その時、感動した記憶が蘇って、もう一度読んでみた。

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 逆境や逆風に逆らうでもなく、女として生まれた運命と耐え、納得しながも、櫛挽き職人の父の技「お六櫛づくり」に魅せられて、女はタブーとされていた櫛挽き職人となり、父の技をただひたすらに身につけようとする主人公・登瀬の物語である。


 この小説に出てくる「お六櫛」は、長野県木曽郡木祖村薮原で生産される伝統工芸品なのだが、その技術が、このような生活の中で脈々と引き継がれていたということに、読み終わったあとで、静かな感動を覚えてしまう。

f:id:naozi:20201122111143j:plain物語は、このような描写から始まる。
 「歩を進めると、足下の雪が鳴いた。登瀬は、音に耳を添わせて数を唱えはじめる。
 ひい、ふう、みい、よう、いつ、むう。
 つぶやく声が、等しい間合いをとって足音に重なっていく。右手に手桶を抱え、前のめりに進むうち、山際から朝日が顔を出した。白一色に塗り込められた村の景色が、途端に息づいていく。
 雪を踏む音は蛙(げろ)の鳴き声に似とる、と歩きながらも登瀬はちらりと思うのだけれど、考えが膨らみそうになるのをひとつ深呼吸して追い払い、頭の中を真っ白にする。そうしてただ、身体で拍子を刻むことだけに心を傾ける。
 十二、十三、十四。

 

 これは、櫛挽のリズム(拍子)を身体に覚えこませようとする登瀬の姿である。早朝の日課の水汲みの時でさえ、登瀬はそのリズムを必死に身体に刻み込もうとしている。

f:id:naozi:20201122111143j:plain小説の詳しい内容と展開は、読んでいただくとして、伝統技術を継承している職人としての心のあり方が、僕は心に残った。
 そして、櫛挽きでは神業とも言われる父・吾助の言葉が光る。
 「父さまも爺さまもおらと同じ格好で、同じ加減で櫛を挽いて生きたずら。おらは技を先代から借りとるんだ。だから次にそのまま繋がねばならんだに。それは誰にでも託せるものではないだに」と言って、娘・登瀬の父の技を習得したいという心情を察し、娘の幸せを考えない酷い父親だと非難されながらも、登瀬の縁談を断る。

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 そして物語の後半では、老いて櫛挽くことも出来なくなった吾助の技継承を心配する妻に、
 「おらの技はもう登瀬の内にあるで。すべて、登瀬の内にある。だで、登瀬が誰かにそれを授ければ、この技は必ず続いていくだに。おらはなんも案じとらん」と吾助は言う。
 物語の最後が、実にいい。胸を撫で下ろしてページを閉じることが出来る。
 成り行きで女の運命と諦めながら結婚して、違和感を抱いたまま子まで産んだ登瀬が、夫の本音をやっと知るのだ。
 「あんたはあんたの、わしはわしの櫛を挽く。これからずっとや。好敵手がこの板ノ間の中におらんと、わしがつまらんさけな。いてもらわな、困るんや」と言う夫の言葉に、登瀬はやっと夫と通じ合えたと思える。
 そして、仕事場の板ノ間の隣の部屋で臥せっている吾助は、
 「ええ拍子だ」「ここにいるとよく聞こえるだに。櫛挽く音が」「われやん夫婦の拍子はとてもええ。銘々の拍子だで、揃ってないだども、ふたつ合わさるとなんともきれいだ。こんねにきれいな拍子をおらは聞いたことがないだに」と呟くのだ。

 

 そしてこの小説で、著者は「居場所」というか「帰るべき場所」が、ある、見つけられる、ということが、人の幸せには大切な要素だということを、大きなテーマにしていることを感じた。


◇木曽の伝統工芸品の「お六櫛」について、ちょっと知りたくなったので調べてみた。 
 中山道随一の難所といわれた「鳥居峠」の南に位置する薮原宿は、江戸時代には「中山道どまんなか」の宿場であり、東西の接点として、また飛騨街道の追分として交通の要所。 その薮原宿で「お六櫛」が作られるようになったのは、江戸時代の享保年間とされる。
 ずか10cmにも満たない幅に、およそ100本もの歯が挽かれたみねばりの小さな櫛は、江戸時代から中山道の名物、御嶽信仰善光寺参りの土産として全国に知られていた。
 現在でも、薮原宿を中心に作られているお六櫛は、実用品の櫛であるとともに長野県伝統工芸品として愛され続けている。

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 一口に「お六櫛」と総称しているが、その種類は多岐にわたり、お六櫛はその用途と機能から大きく4種類に分けられる。
 この小説で、吾助や登瀬が挽くのは、梳き櫛といって、髪の垢、フケをとるなど、髪の汚れやホコリをとるために梳くのに用いる櫛だ。

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今日の土曜日のPhoto

 今日の土曜日。

 雲一つない青空。

 気温は比較的高いが、強い北風が冷たい一日だった。

 今日は一日、ファーム町田店のスタッフに入る。

 

◇ファーム町田店でトラック市

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 埼玉県のヤマギシの村・岡部実顕地のカワムラ君とチエコさんが、収穫したばかりの新鮮野菜を運んで来てくれた。
 お店の入り口に軽トラを横付けして「トラック市」をする。

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 荷台に並べてた野菜は、キャベツ、ブロッコリー、水菜など。

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◇ファーム町田店内にもクリスマス飾り
 店内のパン屋さんコーナーに、クリスマスツリーなどの飾りが登場。

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 パン屋さんでは、ドライフルーツとナッツがいっぱい入ったクリスマスお菓子の「ベラベッカ」と「シュトーレン」を作り出して、予約受付中だ。

会の機関紙「けんさん」11月号が完成

 昨日、今日と、11月中旬とは思えない24℃を超える気温。
 ちょっと動くと汗ばむような陽気だ。
 しかし、明日からは再び気温が下がる予報だ。
 秋本番から晩秋に向かって、木々の彩りが素晴らしい。

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 新型コロナウイルス感染は、全国的に拡大している。
 東京の感染確認者は、昨日は過去最大の534人。
 そして今日は522人と、2日続けての500人台だ。
 昨夜、我が家の研鑽会でも、「日頃の暮らし方の見直し」をテーマに話し合った。

 

◇「けんさん」11月号が完成 
 会の機関紙「けんさん」11月号の印刷が上がり、印刷屋さんから届いた。

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 コロナ禍前には、高田馬場の案内所から全国の会員宅に、一括発送作業をしていたのだが、都心の事務所に集まって、大勢での発送作業ができなくなって、現在は各地5ブロック(北海道、東北・関東、中部、関西・中四国、九州)に分けて発送作業をしている。

 届いた「けんさん」を、早速、その地域の会員宅に発送してくれる人宛てに、仕分けして送った。

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 今号は6ページ構成。
 特集は、ヤマギシの村を会場に季節毎に開催している「子ども楽園村」などで育った我が子が、1週間の合宿セミナー「特講」に参加できる年齢になったので、「その子がその子らしく生きる人生」を歩んでほしい、そのために、ぜひ「特講」に参加して、自分の生き方を考えて欲しいという願いを語り合ったZoom座談会。

 来週早々には、全国の会員宅に届く。

新聞記事を見ながら「マスク」についてのおしゃべり

 新型コロナの第3波感染者が、全国的に連日増え続けている。
 今日の東京での新規感染者数は、なんと493人と報道されている。


 そんな中で、最近、「マスクの効用」が話題となっているので、今日は「マスクについてのおしゃべり」をしてみたい。

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  ニュースによると、「ニューヨーク市で、バス、地下鉄、近郊電車などに乗車する際に、マスクの着用を拒否した場合、50ドルの罰金が課せられることになった」との報道もあるし、日本の感染症専門医の中にも「公共の場でのマスク着用を法制化すべき」と発言している人もいる。

 

 今朝の新聞にも、こんな記事が載っていた。
 ──マスク効果「富岳」も太鼓判──

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 もちろん僕も、外に出たらマスクをするし、電車内ではマスクをして、ひとりだから一言も発しない。
 通勤電車など、ほとんど会話をしている人はいない。静かな車内である。

 

 さらに、先週の新聞には、哲学者の鷲田清一さんの、こんな文章も載っていた。
 ──マスクの妄想 メイクの一つになる?──

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 鷲田さんは「男性なら毎朝、鏡の前で髭を剃る。反対に髭で顔を覆いもする。女性なら、眼を隈取り、まつげにマスカラ(マスクと語源は同じ)をつけ、眉を整え、イヤリングをつけ、口紅やマニキュアを塗る。コロナ禍がこれからもずっと続けば、マスクもまたその演出用具のあたりまえの一つになっても不思議でない。」といい、「あまりに長くマスクをつけているうち、つそんな妄想までするようになった。」と。

 

 実際、僕もテレビを観ていて、「今日の小池知事のマスクは・・・」って思うし、「この大臣のマスク、ダサくない?」と思ったりする。

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 最近、妻から聞いた話だが、保育園で保育士がマスクを外すと、泣き出す乳幼児がいるらしい。

 生まれて認識した人間は、みんなマスクをしている。マスクなしの人間の顔って、なんと複雑な形をした部品がついていて、空恐ろしいと思うのかもしれない。
 心配なのは、発音時の口の動きを真似できず、乳幼児の言葉が遅くなることだという。

 

 僕たちだって、「あの人、鼻が高いね」とか、「えくぼが可愛いね」などという会話は、そのうちなくなるかもしれない。鼻も、唇も、えくぼも見ることができないのだから・・・。
 

11月も後半に入った月曜日のおしゃべり

 秋本番の爽やかな陽気が続いている。
 夕方、高田馬場近くの都立戸山公園を通ったら、木々の彩りと、敷き詰めたような落ち葉が、木漏れ日に輝き、きれいだった。

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◇会の機関紙「けんさん」11月号編集終了
 今月に入ってから編集をしていた会の機関紙「けんさん」11月号。紙面作りを担当してくれている九州のヒデコさんの頑張りで、先週末に紙面が出来上がり、そのの最終校正が昨日夜に終わって、今日、印刷屋さんにデータを送信。

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 コロナ禍の中での記事集めに少々苦労しての編集。
 それでも最終的には6ページ構成となって、今週末には印刷が上がり、全国の会員宅に発送できる。
 ホッと一息。

 

◇もう一度、読んでみたくなった本
 いらない本をメルカリに出品しようかと思って本棚の整理をしていたら、木内昇『櫛挽道守(くしひきちもり)』が出てきた。
 かなり以前、6~7年前に読んだ本だ。
 その時、感動した記憶が蘇って、もう一度読んでみようと思った。

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 時代は江戸末期。
 中山道の宿場町の一つ「藪原宿」が舞台。
 櫛挽き職人の父の技「お六櫛づくり」に魅せられて、女はタブーとされていた櫛挽き職人となり、父の技をただひたすらに身につけようとする女性の物語。

 

我が家近くに「町田市考古資料室」があった

 僕が住む町田市には、約23,000年前の旧石器時代からの遺跡が約1,000ヶ所あり、特に縄文時代の遺跡が多く、貴重な土器や石器類が発掘されている。
 それらが展示してある「町田市考古資料室」が、我が家から徒歩で15分程度のところにあることを、最近知った。
 縄文土器などに興味があるので、早速、先週の土曜日に行ってみたら、開館日は毎月第二・第四土曜と日曜日で、先週は開いてなかった。
 そんなことで、今日は第二土曜日、午前中はファーム町田店のスタッフに入っていたので、午後から行ってみた。

 

◇資料室は、人通りも少ない道の脇に、ひっそりとあった。

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 館内も広くない。しかし、市内の遺跡で発掘された土器や石器類が予想以上に多く展示されていた。
 参観者は、僕を入れて2人だけ。 ゆっくり、じっくり、縄文の世界を味わうことができた。

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 撮影もOKなので、スマホで撮った土器類をここにアップする。

 

◇先ず、町田市の指定有形が9点あるという説明。

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 この番号順ではないが、展示物の中で赤字で「町田市指定有形文化財」と記されて展示されていた。

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 縄文人たちの世界。

 これらを見れば見るほど、どんな意識構造の人たちが営む世界だったんだろうと、思ってしまう。

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