映画『カムイのうた』に感動!!

 この映画の主人公のモデルとなっているのは、若干19歳にしてアイヌ語で伝承されていたユーカラ叙事詩を、日本語に翻訳することでアイヌの文化を後世に残したアイヌの血を引く実在の人物・知里幸恵(ちり ゆきえ)。


 僕が知里幸恵を知ったのは、一昨年9月に放送されたNHK「100分de名著・アイヌ神謡集だ。

    

 アイヌの口承叙事詩ユーカラ」を 日本語に訳した「アイヌ神謡集」を書き上げ、わずか 19 歳で夭逝した女性。
 その生涯が映画化されたと知ったのは、今年1月半ばの朝日新聞の記事。

    

 ぜひ観たいと思ってネット検索したが、北海道内での上映は数ヶ所あるが、東京での上映は渋谷のテアトルシネマだけ。それも朝9時45分からの1回のみ。
 まあ、そのうち近くの映画館でも公開されるだろうと待っていたが、それもない。渋谷での上映も2月8日まで。あわてて昨日出掛けて観ることができた。

    

 

 主人公のモデル・知里幸恵は映画では北里テル。彼女を見いだした言語学者金田一京介は兼田教授として物語は作られていた。
 この映画が撮影されたのが、北海道の大雪山系の麓の東川町。
 大雪山の山々や最高峰の旭岳、フクロウや鹿たちもいる四季折々の自然豊かな風景が舞台となって物語が展開。
 映画の冒頭、『アイヌ神謡集』に知里幸惠が書いた「序」の前文部分が、自然豊かな映像の中に浮かび朗読される。
 監督・脚本の菅原浩志さんが「まさに、この序文を映画にした」と言う言葉が、新聞で紹介されていたが、まさに、その通り。

 「100分de名著」テキストが手元にあるので、ここにその全文を記しておきたい。


─序─
 その昔この広い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました。天真爛漫な稚児の様に、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は、真に自然の寵児。なんという幸福な人だちであったでしょう。
 冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って、天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り、夏の海には涼風泳ぐみどりの波、白い鴎の歌を友に木の葉の様な小舟を浮べてひねもす魚を漁り、花咲く春は軟らかな陽の光を浴びて、永久に囀さえずる小鳥と共に歌い暮して蕗(ふき)とり蓬(よもぎ)摘み、紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて、宵まで鮭とる篝(かがり)も消え、谷間に友呼ぶ鹿の音を外に、円(まどか)な月に夢を結ぶ。嗚呼(ああ)なんという楽しい生活でしょう。

 平和の境、それも今は昔、夢は破れて幾十年、この地は急速な変転をなし、山野は村に、村は町にと次第々々に開けてゆく。
 太古ながらの自然の姿も何時の間にか影薄れて、野辺に山辺に嬉々として暮していた多くの民の行方も亦いずこ。僅かに残る私たち同族は、進みゆく世のさまにただ驚きの眼をみはるばかり。しかもその眼からは一挙一動宗教的感念に支配されていた昔の人の美しい魂の輝きは失われて、不安に充ち不平に燃え、鈍りくらんで行手も見わかず、よその御慈悲にすがらねばならぬ、あさましい姿、おお亡びゆくもの……それは今の私たちの名、なんという悲しい名前を私たちは持っているのでしょう。

 その昔、幸福な私たちの先祖は、自分のこの郷土が末にこうした惨めなありさまに変ろうなどとは、露ほども想像し得なかったのでありましょう。
 時は絶えず流れる、世は限りなく進展してゆく。激しい競争場裡に敗残の醜をさらしている今の私たちの中からも、いつかは、二人三人でも強いものが出て来たら、進みゆく世と歩をならべる日も、やがては来ましょう。それはほんとうに私たちの切なる望み、明暮(あけくれ)祈っている事で御座います。
 けれど……愛する私たちの先祖が起伏す日頃互いに意を通ずる為に用いた多くの言語、言い古し、残し伝えた多くの美しい言葉、それらのものもみんな果敢なく、亡びゆく弱きものと共に消失せてしまうのでしょうか。おおそれはあまりにいたましい名残惜しい事で御座います。

 アイヌに生れアイヌ語の中に生いたった私は、雨の宵、雪の夜、暇ある毎に打集って私たちの先祖が語り興じたいろいろな物語の中極く小さな話の一つ二つを拙ない筆に書連ねました。
 私たちを知って下さる多くの方に読んでいただく事が出来ますならば、私は、私たちの同族祖先と共にほんとうに無限の喜び、無上の幸福に存じます。(大正十一年三月一日)

 

 この序文を、19歳の少女が書いたとは驚きである。
 映画は、知里幸恵のこの序文を見事に映像化し、江戸時代の松前藩と、その後の明治政府の締め付け、土地を取り上げ国有化しての和人の入植と、狩猟採集の生活から農耕民化、アイヌ語の廃止と和人への同化政策、その中での偏見と差別、人類学研究という名目でお墓からの遺骨の発掘などなど、アイヌ民族が受けた歴史を描いている。

 

 ちなみに、この映画は川上郡東川町が、ふるさと納税で約2億6千万円を集め、制作費にあてたという。町は、商業上映後、学習指導要領に基づく教材への登録を目指すと東川町HPに記されていた。

 この映画が、早く、多くの商業館で公開されることを僕は願う。