孤高な画家の生涯・多田茂治著『野十郎の炎』を読む

 昨年の9月末、友人のナカハラさんの情報で千葉県立美術館で開催された高島野十郎展」を観た。昨年は髙島野十郎没後50年の節目としての展覧会だった。

               

    福岡県久留米市出身の髙島野十郎は、大正から昭和時代の画家。東京帝国大学水産学科を首席卒業した後に独学で絵の道に入り、画壇との付き合いを避け、独身を貫き、ひたすら透徹した精神性で写実を追求し、隠者のような孤高の人生を送った画家である。晩年は、千葉県柏市に移り住んだ洋画家であることが、千葉県立美術館での「高島野十郎展」となったようだ。

               

               

 自然の植物や、蝋燭や月などの主題を、細部までこだわった筆致で描き、その絵画が評価されたのは没後10年。
 そんな高島野十郎とは、いったいどんな生き方をした人物なのか、どこからあのような緻密な描きの絵が、観る人の心に響くのか、それが知りたくて本書を読んだ。

               

 本書を読むと、高島野十郎という画家の壮絶なまでの生き方を知ることができる。
 けっして野十郎は人付き合いの悪い「孤独な人」ではなく、俗世間から離れて、美の追究に自分の信念と志を生涯貫き、群れずに独立して生きた、まさに「孤高な人」だったことに触れることができ、改めて彼の作品の奥深さに感動する。

               

               

 本書の中で長崎出身の画家・菊畑茂久馬の評価が記されている。
 それによると、1986年に初の本格的な回顧展「写実にかけた孤独の画境 高島野十郎展」が福岡県立美術館で開催され、そこで初めてその名を知り、久留米出身の有名画家には、青木繁坂本繁二郎古賀春江がいるが、こんな画家がいたのかと驚いたいう。
 そして菊畑の野十郎評価は「高島さんは自然の細部に宿る神秘の世界にたどりつこうとしている。絵を描くことで自然の神秘に迫ろうとしている」と述べて、野十郎は宗教的には汎神論者で「すべてのものに神は宿るとして、細密に描き込むしか自然に宿る絶対的な神を探すことは出来ないんだ、という考えでやっている。ここが野十郎の一番大事なところだ」と評価している。