原田マハ著『美しき愚かものたちのタブロー』を読む

 上野の国立西洋美術館が設立されたのは1959年。

 日本の青少年や画家を志す若者に、本物の西洋美術品に触れる機会として、日本に美術館を作りたいと、私財を投じてロンドンやパリで大量の美術品を買い求めた松方幸次郎。
 彼が、収集した西洋美術品は2千点とも3千点とも、さらに海外に流失した浮世絵の買い戻しも含めたら8千点とも1万点ともいわれる。
 しかし、その収集した美術品は、昭和の金融恐慌で彼が経営する川崎造船所は経営破綻し作品は売却されたり、ロンドンに保管していた作品は倉庫火災で焼失したり、パリに残された作品は第二次世界大戦後に戦勝国フランスに接収される。
 松方幸次郎の「日本に西洋美術品を展示した美術館を作る」という夢は途絶えたかに思われたが、当時の総理・吉田茂を始めとした、彼の志を何とか実現しようとする美術史家の努力によって、戦後、フランスから日本に375点の作品が寄贈返還される。
 その返還の条件が「美術館の設立」であったことから、上野に西洋美術館が誕生し、松方幸次郎の夢は実現する。
 その国立西洋美術館で、現在、設立60周年にあたっての特別企画として「松方コレクション展」が開催している。

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 フランスから寄贈返還された作品だけでなく、フランスが返還を拒んだ、ゴッホの傑作『アルルの寝室』や、近年発見されたモネの『睡蓮、柳の反映』など、世界に散逸した松方コレクションの名作なども展示された企画となっているらしい。

 

 そんなことで、僕は、ぜひ鑑賞したいと思っていた。
 そんな時に、松方幸次郎と松方コレクションを題材にした小説を、僕の好きな作家・原田マハさんが刊行し、その『美しき愚かものたちのタブロー』が、直木賞候補作にもなっていることを知り、国立西洋美術館に行く前に、先ずはそれを読んでみた。

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 さすが、キュレーターとしても活動したことのある、美術品に造詣が深い原田マハさんの作品である。
 「日本に美術館を作りたい」その夢のために私財を投じて収集した実業家・松方幸次郎。
 その収集品を戦時下のフランスで必死に守り抜いた日置釭三郎。
 その守り抜いた松方コレクションを、フランスから取り戻し、国立西洋美術館が誕生した経緯。
 それが、美術史家の田代雄一(実在のモデルは西洋美術史家の草分け矢代幸雄氏)の視点から、史実に添いながらも原田マハさんの豊かなイマジネーションでフィクション化され、感動の物語となっている。


 それにしても、こんな男たちがいたからこそ、国立西洋美術館が誕生し、現在の私たちが西洋の傑作に触れることができるのだと納得でき、その先人達に敬意の念がずっしりと湧き上がる物語である。
 すでに「松方コレクション展」を鑑賞した方も、これから鑑賞を予定している方も、ぜひ、一読をお薦めする。