深沢潮 著『 海を抱いて月に眠る 』を読む

 今日の土曜日、東京の天気は曇りの予報だったが晴れ。しかし、梅雨が近づいているような雨前線が近づいていて、明日は天気が崩れるとのこと。
 朝7時からファーム町田店のスタッフに入る。
 農場から届いているキャベツや白菜のラッピングをしたりの開店準備をして、開店後のお客さんが多いときには追加品出し。
 昼前後、来客が多く、大忙し。
 午後は、時間があったのでファームの隣の新事務所の案内所で仕事。
 
 今夜は、特に観たいテレビ番組もなく時間があるので、昨夜読み終わった文庫の感想を書くとしよう。

 

◇深沢潮 著『 海を抱いて月に眠る 』を読む
 この「海を抱いて月に眠る」というタイトルと、表紙帯の佐藤優さんの「感動で全身が震える傑作」という言葉に何かを感じて、衝動的に読み始めた本書。読み進めるうちに、戦後の韓国と日本を舞台としたスケールの大きい重厚なストーリーなのに気付き、ちょっと驚きを感じながら一気読み的読書になってしまった。

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 本書は在日一世コリアンの男の一生の物語。
 作者・深沢潮さん自身、結婚を契機に日本国籍を取得しているが在日二世コリアンであり、父親をモデルにその実体験が基になっていることを、ネットに掲載されている作者インタビューで次の様に語っている。
「在日一世である私の父はとにかく謎の多い人。戸籍上の年齢と実年齢が違ったり、長らく偽名で暮らしていたり。ずっと変だ変だと思いつつもやり過ごしていたのですが、数年前、両親の引越しを手伝っていると、父の荷物から金泳三元大統領と一緒に写った写真が出てきて疑問が再燃。しかも金元大統領とはクリスマスカードを贈り合う仲だと聞いて、ますます“父は一体何者だったのか"と謎が深まりました。そして、これは娘の私が書き記さなくてはならないと思ったんです。」

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 本書物語では、横暴で厳格で親戚にも家族にも疎まれながら死んでいった在日一世の父の通夜の場面から始まる。
 弔問客が少ない中に、人目もはばからず棺にすがりつく老人、目を泣きはらした美しい女性など、子どもたちの知らない人びとが父の死を悼んでいた。あの人は誰なのか、父との関係は?と、本当の父の姿はどうだったのかと疑問が湧く。
 そして、葬儀後に父の遺品の中から出てきた古びた20冊のノート。そこには家族も知らなかった父の壮絶な過去の半生が記されていた。

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 物語に記されている主人公・在日一世コリアンの男の足跡を少々記してみよう。
 日本による植民地時代の慶尚南道に生まれ、日本の敗戦によって解放された後、労働者のゼネストと大規模なデモに参加し警官から追われる身となった16歳の主人公は、同級生と3人で日本に向かう密航船に乗るが船は対馬沖で座礁遭難。
 九死に一生を得た3人は密航仲間の手配で、身分証明となる偽造の米穀通帳を手に入れ、主人公はそれ以降、通帳に記されている5歳年上の名前を名乗り生きることになる。
 偽名とはいえ新たに日本での人生を手にした主人公は、朝鮮人として日本人から受ける差別、偏見という厳しい暮らしをしながら、新しい朝鮮を作ると祖国のための民主化運動に傾倒する。
 在日二世の女性と結婚し家庭を持ち子供も産まれるが、主人公は運動に奔走し、南北の分断、朝鮮戦争朴正熙の軍事クーデター、韓国系の民団(在日本大韓民国民団)と朝鮮系の総連(在日本朝鮮人総連合会)の対立、金大中事件などなど、当時起こった日韓をとりまく時代的事件に翻弄されながらも、いつか必ず故国に帰ると決意しつつ人生を歩む。
 しかし、主人公が傾倒する祖国民主化の運動は、韓国政府への反逆を意味し、KCIA(韓国中央情報部)から監視の対象人物となる。
 そんな主人公の行動を理解できない妻。
 妻と心臓病を患う長男と新たに生まれてくる子供を気遣う心。
 祖国に残してきた母親を慕う心。
 生死を共にし兄弟以上の絆で結ばれている仲間との運動。
 主人公は、それらの板挟みに葛藤しながら、周囲にも家族にも歳と本名を偽り生きてきた自分を明かせず、寡黙で不器用に秘密を抱えながら生活するが、祖国の母の病気の知らせを機に運動から離れる。
 それからは、事業に打ち込みながらも、運動に背を向けたことへの後ろめたい日々の中で、本当の名前と偽りの名前を使い分けながら人生を送る。

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 戦後の日本に、このように祖国愛を抱きながら壮絶な人生を刻み生きた在日コリアンがいたことに驚き、今に続く日韓関係の複雑さを改めて再確認させられる物語である。