本を読んでのおしゃべり・今野敏著『隠蔽捜査』

 先日、三重のヤマギシの村・春日山実顕地に行ったときに、Sさんが「これは面白いぞ」と言っていたので、Sさん部屋の書棚から借りてきた文庫3冊の中の1冊を読み終えた。(最近、通勤電車ダイヤが乱れがちで読書時間が増えている)
 吉川英治文学新人賞受賞作(2006年)の今野敏著『隠蔽捜査』だ。
         

 僕は、今野敏の小説を読むのは初めてだし、警察小説類のものを読むのも初めてだ。
 Sさんの言葉を聞かなかったら、手にすることがなかっただろうと思う。

 この小説は、警察官僚世界の読み物である。警察小説というより官僚小説だ。
 主人公は、東大卒の国家公務員Ⅰ種試験を合格してエリート官僚になった警察庁のキャリア。
 原理原則を大切にして、不正や隠し事はいっさい嫌いな、どこまでも職務に忠実で、官僚は国を守り、国のために身を捧げるべきだと心底思っている男だ。
 その信念が周囲との軋轢となって、家族も周囲の人も〝変人〟と受け止めているが、そんな事に動じない。
 その彼が、組織を守るために画策されそうになる隠蔽捜査に、正論を持って正面から挑む。
 最後は結果的に、彼の原理原則の上に立った判断と行動が正しかったという物語なのだ。
 読み終わって気付いてみると、読み始めて前半で印象づけられる主人公像と、後半から最後にかけて持つ主人公への印象の落差に驚く。
 最後には、堅物の変人が、人間味あふれる官僚であり、こんな官僚がいるから組織の腐敗が阻止されていると感じるし、家庭を守るのは妻だと断言はしているが、彼なりの家庭人であることを感じさせるのだ。
 さらに、陰謀やそれに伴う画策、もみ消しが、結果的に組織のためにもならないし、家庭生活という個人のためにもならないという、なんともホッとする結末が魅力的な小説であると思った。
 組織の中での個人の信念。その信念を貫く生き方を考えさせられる物語だ。