朝井まかて著『 最悪の将軍 』を読む

 このタイトルの『最悪の将軍』というのは、「犬公方」と言われた徳川幕府の第五代将軍「綱吉」を指している。

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 綱吉は、人間より犬を偏愛してと言われる悪法「生類憐みの令」など数々の町触れを出した「悪名高い将軍・綱吉」というのが、後の評価である。
 その綱吉を、著者の浅井まかてさんは、命を粗末にする武士の世から、文治の世に変えようとした統治理念からの「慈愛、慈悲の心」だったとし、旧来の慣習を改め、その理念に基づく文治政治を強力に推し進めた将軍だったと描いている。

 しかし、その綱吉の統治理念は民に理解されない。その苦悩と葛藤の将軍を描いたのが本書である。

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 本書238頁には、次の様に書かれている。
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 民の心とは、何と御しがたいものか。
 綱吉は激しい挫折感を味わっていた。
 民の父として覚悟をもって臨んできたというのに、人心はまるで一つの生きもののように思いを撥ね返してくる。大酒を禁ずれば「公方様は酒嫌いだ」と鼻を鳴らし、犬猫をよく養えと命ずれば「人よりも犬猫が大事か」と背を向ける。
 子も親も病人も、そして犬猫や牛馬、鳥どもも皆、等しく、国の本たる生類ではないか。それらを慈しむ心を何ゆえ、受け入れられぬ。
 怒りさえ込み上げそうになって、綱吉は己を戒めた。
 ならぬ。民を憎んだ瞬間、余は民の父ではなくなる。
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 このように「犬公方」と揶揄されていることを知っていながら、その統治理念を貫き通し、悩み、苦悩する「人間・綱吉」を描いているのだ。


 綱吉が統治した元禄・宝永期には、飢饉、度々の大火、二度の大地震、富士山の噴火、そして後世で有名な赤穂浪士の討ち入り事件など、統治苦難の時代である。
 それらを織り交ぜながら、物語はリアルに「人間・綱吉」を描いている。
 さすが、朝井まかてさんだと納得して読み終わった。