僕の2017年読書「ベスト10」・その8

 今年10月に、門井慶喜著『 銀河鉄道の父 』を読んだ。
 門井慶喜さんの作品は、以前、榎本武揚を主人公とした歴史小説『 かまさん 』を読んで感動した記憶がある。
 今回は、国民的作家と言われ、僕も愛する宮沢賢治という作家をどのように描いているのか、興味津々で読み出した。
       

 宮沢賢治は、生前には作品のほとんどが一般には知られず無名に近かったが、没後、草野心平らの尽力によって国民的作家となり、彼の作品は多くの人に読まれ続けている。
 彼の詩や童話、その作品に対する評論など、僕も賢治を愛する一人として触れてきたが、この門井慶喜著『銀河鉄道の父』ほど知的刺激を受けながら読み進めた書籍には出会えなかった。宮沢賢治という一人の作家を、父の視点とその家族との日常の中で、人間・宮沢賢治が浮き彫りになり、彼の作品が生まれた背景をこれほどリアルに描いた著書があるだろうか。

 物語は、関西に出張中の政次郎(賢治の父)が滞在先の旅館で、長男誕生の電報を受け取るところから始まる。
 賢治の生家は祖父の代から富裕な質屋であり、長男である賢治は本来ならば家を継ぐ立場だが、彼は学問の道に進み、創作に情熱を注ぎ続けた。地元の名士であり、熱心な浄土真宗信者でもあった政次郎は、そのような息子をいかに育て上げたのか、昔ながらの封建的父親像と、親バカ的な我が子を愛する情念とに葛藤しながら、父親の目線で、決して長くはない紆余曲折に満ちた賢治の生涯と、家族愛に満ちあふれた宮沢家の日々を描いている。

 正次郎は、商家の主が息子の看護などにかかわることを考えられなかった当時、幼少の賢治の赤痢や中学の時の発疹チフスの疑いで入院した際には、回りから止められながらも連日泊まり込みで看護したエピソード。賢治が欲しいと言えば大枚を費やして鉱物標本箱を買い求め与え、高等農林学校卒業後の教員時代にも生活費や創作費用の無心に絶えず応える話など、裕福な家庭だからこその我が子への溺愛ぶりも描かれている。
 そして、父の信念とは異なる信仰への目覚めや、最愛の妹トシとの死別などがリアルに描かれ、没後に評価されて今でも読み続けられている詩集『春と修羅』の中の『永訣の朝』や童話『風の又三郎』などの創作が「このような背景で…」と知ることができる。
 さらに、花巻農学校教員の職を依願退職し「羅須地人協会」を設立し、一人暮らしをしながら農学校の卒業生や近在農民を集め、農業や肥料の講習、レコードコンサートなど文化活動の日々。彼の有名な言葉「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」との農民芸術の実践を、病弱な身体と戦いながら試みる生き様は、読中、何度も目頭が熱くなるのを禁じ得ない。

 物語の最後は、賢治没二年後の三回忌の準備に里帰りした賢治の妹の子供達を相手に政次郎が、賢治が病床で手帳に書き留めた『雨ニモマケズ』の詩や、未完で終わる『銀河鉄道の夜』を話し聞かせながら、愛息の臨終を回想する。
 そして、自分の信じる西方極楽浄土ではなく、日蓮の教えの天上にいる賢治が最愛の妹トシに何かしら読んで聞かせている光景を脳裏に描く。賢治との最後の約束の「妙法蓮華経を一千部作ってみんに配る」ことを成し終えた政次郎は「賢治とようやく打ちとけた話ができるような気がする」と、改宗をも思い巡らすところで、この著書に描かれた親子の愛の物語は終わる。

 宮澤賢治愛する人には、ぜひ一読をお薦めしたい書籍である。
 さらに、平成29年下半期の第158回直木賞の候補作品にも選ばれている。来年1月の選考委員会が楽しみである。