新書・養老孟司の『 「自分」の壁 』

 先週、書店に寄って平積みされて並んでいる新刊で目に留まったのが、この新潮新書養老孟司著『 「自分」の壁 』だった。
            
 最初は、以前にベストセラーになった『バカの壁』だと思って「どうして、今頃、平積みされているんだろう」と勘違い。
 良く見たら「バカ」でなく「自分」だ。
 帯にある〝「自分探し」なんてムダなこと!〟というのは、養老先生は前々から言っていることだと思いながら手にして、目次を開く。
 第1章から第10章まであるのだが、そのタイトルに
     「私の体は私だけのものではない」
     「エネルギー問題は自分自身の問題」
     「政治は現実を動かさない」
     「〝自分〟以外の存在を意識する」
     「あふれる情報に左右されないために」
 などなど、興味ある内容が並んでいたので、興味をそそられて買ってしまった。
           
 この新書で取り上げられているテーマは、実に多岐にわたっている。
 「自分探し」や「個性の発揮」に対する話から始まり、意識の一体化や共生の強み、いま騒がれている原発の問題や自殺やいじめの問題、日本に馴染まない個人主義のこと、そして最近の政治や経済にまで、養老先生の独自な視点から書かれている。
 実に話が面白い。
 取り上げているテーマを、分かりやすい例で説明されると、帯に書かれているように、確かに「目からウロコ」的な快感を覚え、一気に読み進めさせられる。
 その面白い例の一部をあげてみると、例えば、
 脳科学者が脳溢血になったときに「自分がこれからどんな意識の状態になるか」と自分自身を観察した話がある。
 その脳科学者の「自分が液体になったように感じ、周りと一体化する」という感覚を例にあげて、脳細胞の一部が破壊されて「自分という枠」の意識がなくなると周りと一体化し、世界と自分の堺がなくなると論じている。
 また、「意識は自分をえこひいきする」の話では、「口の中にあるツバは汚くないのに、どうして外に出すと汚い」か、「体の一部として付いているときには感じないのに、生首や切り落とされた腕といったものに、多くの人は強い恐怖心や嫌悪感を抱く」のは何故か、そのような問いかけから、人間の厄介な意識について解明している。
 そして、生きものの進化についても面白い。
 虫が成長する際の変態を例にあげ、「チョウと幼虫は同じ生きものか」と疑問をもってみると、「チョウの幼虫と成虫は別々の生き物だったのではないか、それが共生して進化したのではないか」と論じ、ウイルスや細菌も体の中で共生しているし、それが生き物の強みだと論じている。
 その他にも、原発推進脱原発運動の問題点、溢れる現代社会の情報にどう対処して生きるか、など等。養老先生の独自な視点が満載の本だった。
             
 きっと、この新書もベストセラーになるだろう。
 蛇足になるが、「あとがき」で、これは自分で書いたものでなく、話をしたものを原稿にしてもらい本にしたと書いている。
 著名で多忙な人が、直接に原稿を書かなくて、語ったものをテープに取って原稿にして出版するというのは、業界では暗黙の了解になっているのは知っていた。
 僕の友人の編集者謙フリーライターのTさんも、その仕事があるから生活できている。
 しかし、出版した書籍で、本人自らがそれを書いているのは珍しい。
 そのあたりも、養老孟司先生らしいと思った。


◇梅雨の晴れ間の雲
 この新書を読み終えて「そう言えば、今日の日曜日、朝は雨だったし、部屋の掃除とお風呂場の掃除くらいで、身体を動かしていない」と気付いて、夕方、散歩に出た。
 空を見上げると、梅雨の合間の雲が初夏の訪れを告げていた。