「三浦しをん」は読者の僕を裏切らない

 三浦しをん著『舟を編む』を読み終えた。
 この三浦しをんという作家は、決して読者の僕を裏切らないと、またまた確信した。
 『まほろ駅前多田便利軒』といい、『神去なあなあ日常』といい、そして今回読んだ『舟を編む』といい、この作家が作品を編み出す時には、どれほどの取材をするのかと、驚きを禁じ得ない。『神去なあなあ日常』では林業の事だったが、今回は辞書編纂という特殊な編集部が舞台である。専門的な事象を巧に駆使しての物語の展開と、そこで繰り広げる人間模様の展開が、読者を飽きさせない。
 この本を書店で手にした時は「船を編む」という言葉の意味が分からなかったけれど、読み進めて行くうちに「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」「海を渡るにふさわしい舟を編む」と、辞書編纂が如何に地道な編集作業で、大切な誇りある仕事かが分かったし、読後には、改めて手持ちの辞書をめくりたくなったくらいだ。
      

 この『舟を編む』は、辞書作りにひたむきに取り組む登場人物たちが個性豊かに描かれている。一般的には変人と思われがちな、どこか浮世離れしている主人公・馬締(まじめ)。名前の「まじめ」と性格風貌の「まじめ」の姿がダブって読んでいて笑ってしまう場面も数多くある。人間の「まじめさ」を微笑ましく描いているのが素晴らしい。
 読み終わってみると、浮世離れした「まじめさ」だけが武器の彼だからこそ、周りも、彼の執念に知らず知らずのうちに感化され、15年もの月日を重ねて、辞書を、まさに編みだし完成させることができたのだと納得する。
 最後の2〜30ページを、僕は帰宅の電車の中で読んだのだが、主人公など登場人物の気持ちに共感してしまって、目頭が熱くなって困ってしまったくらいだ
 この本を読んで、つくづくと三浦しをんが言うように「言葉は人間に与えられた宝物」と思えた。
 さらに、三浦しをんの物語が好きなのは、全部の作品を読んだわけではないが、不思議と悪人が登場しないから、読後に余韻に浸りながら、もう一度振り返って爽やかな気分にしばしなれるのだ。