乙川優三郎著『脊梁山脈』をやっと読み終わる

 今年最初に読んだ本が、この乙川優三郎著の『脊梁山脈』という文庫本だ。
 昨年の暮れ、新聞の書籍広告を見ていて興味をもって、お正月に読もうと大晦日に買って、今日の帰宅電車の中でやっと読み終わった。
 僕は、乙川優三郎という作家を、直木賞を受賞した『生きる』を読んで以来、時代小説の作家として注目していた。
 しかし、この本は乙川優三郎の初めての現代小説だと紹介されていた。
       
 実にずっしりと、いろいろな意味で濃い内容の物語だ。
 この小説は、上海から復員してきた主人公が、故郷へ戻る途中の復員列車内で世話になった同年代の男性を、わずかな会話の記憶から木地師に戻ったと判断して、探し求める物語だ。
 木地師とは、ろくろを回して、椀や盆、こけしなどを作る職人達をいうのだが、山奥に住むその職人達と会い、その工芸の魅力に触れて、その中に日本独特の崇高な文化を感じる。
 そして、その木地師としての職人が、生きるために木を求めて山から山へと移り住む山の民のルーツを調べ出すのだが、それはまた、木地師の歴史の謎解きだけでなく、朝鮮半島から渡来し、帰化人ながら日本の国づくりに活躍したであろう人々が織りなす、古代日本史の謎解きにまで繋がってしまう壮大な物語として書かれている。

 そんな物語なので、途中、日本の生い立ちや「日本書紀」の編纂過程を、主人公が考察する場面が延々と続いたり、日本人が敗戦から復興する中で、それぞれが戦争という傷を背負った戦争トラウマとの葛藤など、重厚過ぎるほどの内容で、読み進めるのに時間を要する部分もあったが、しかし、性格の異なる2人の女性との恋愛も含めた、主人公を取り巻く人達と心の触れ合いの展開は、最後のページまで僕を引きつけ続けた。


 それにしても、主人公が旅を重ねて、最後に辿りついた東北の山中、脊梁山脈が望める高原で、そこに点在する十六弁の菊花紋章を刻んだ墓石を見つけたシーンは、ちょっと圧巻。
 「天皇家木地師が至貴(しき)の紋章を用いた歳月は長い。明治に至ってようやく民間の使用が禁じられるが、新政府は山中の墓まで取り締まることができなかったとみえる。(中略) それにしても天皇家となった一族と、徒移の民となって千年も山中に暮らした一族の運命の分かれ目は何が左右したのかと思う。」(文庫379P)と書かれ、木地師が伝承しているろくろを使ったこけしの模様に、菊の模様が描かれている謎にも迫っているのだ。


 この小説が2013年に大佛次郎賞を受賞していることを、僕は読後に知った。