映画『WOOD JOB!(ウッジョブ)─ 神去なあなあ日常 ─』を観る

 帰宅の途中で、小田線の新百合ヶ丘駅で下車して、妻と6時40分に待ち合わせして、「いつ観ようか」と、ここ数日、毎朝の会話になっていた映画『WOOD JOB! ─ 神去なあなあ日常 ─』を観た。
     
 この映画の原作は三浦しをんで、彼女のおじいさんが林業を営んでいたという三重県美杉村を舞台にした小説だ。
 僕は、この小説の単行本が出たときに読んだから、それはかれこれ3年くらい前のことであるが、三浦しをんという作家の取材力と、それをベースにした物語の展開の巧みさに感動しながら読んで、その読後感の爽やかさは今でも記憶に残っている。
 それ以降、続編の『神去なあなあ夜話』も読んだし、僕の住んでいる町田市を舞台にして直木賞を取った『まほろば駅前多田便利軒』やそのシリーズなど、三浦しをんの刊行本を追いかけている。
 どの小説を読んでも、僕の期待を裏切ることはない作家である。
 文楽をテーマにすれば文楽についての教養も提供してくれるし、ベストセラーになった『舟を編む』では、辞書編纂の地道な作業の世界を知ることが出来たし、今回の映画の原作は林業がテーマなのだが、林業に従事する人達の心意気と、自然相手の厳しさ、百年先を描いての仕事など、よくもここまで取材したと感心する内容なのだ。
        
 この映画、一言で言ったら、原作とはまた違った質で、実に面白い作品になっている。
 原作での文章からもらう感動とは、ひと味違う感動を、映画ならではというか、映像ならではの迫力を十分生かした作品になっている。
 その映画ならではの面白さと感動は、矢口史靖監督の力量なのだろう。
 詳しい内容は、これから鑑賞する人のじゃまになるので差し控えたいと思うのだが、主人公を演じる染谷将太の、都会っ子がコンビニもない携帯も通じない山奥で、滑稽なまでの戸惑いと困惑の演技が、なんとも心和ませてくれる。
 共演に長澤まさみもいるが、何と言っても海猿のイメージが強い伊藤英明の野性的演技が光っている。
 大学受験に失敗し、彼女にもフラれたチャランポランな都会っ子の主人公が、偶然目に止まったパンフレットの表紙の微笑む女性につられて、1年間の林業研修に参加するのだが、その1年間で、想像を絶する体験に戸惑い、村のしきたりや、山の神を崇める伝統的祭りの神事に無理矢理参加させられながら育っていく姿が、笑いを誘うし、ちょっとジーンとくる場面もある。
 そして、林業を営む親方のセリフ ─記憶にもとづいて書くので定かでないが─
 「農業だったら、自分が作った野菜が、どれだけうまいか、食べて喜ぶことが出来るが、林業は、自分がした仕事の結果が、自分の死んだあとの100年先にならないと分からない。」
 こんな言葉に、林業にたずさわる男達の姿勢と気持ちを込めている。
 久々に、理屈なしで「いい映画だったなぁ〜」と夫婦で一致した映画だった。