10月がスタート、大型台風の影響の今日

 今日から10月がスタートだ。
 緊急事態宣言も今日から解除だ。
 しかし、今日は一日、大型台風16号の影響で、朝から雨。ここ町田は風は警戒予報ほどでもなかったが雨脚は強かった。


 そんなことで、今日は自然現象の不要不急外出を避ける自粛生活。
 こんな日たから出来ることと思って、溜まっていた興味ある資料に目を通して、締め切りが9月末だった季刊紙「フラタニティ」の連載・読後感想に書いた立花隆「宇宙からの帰還」の原稿を見直したり、読みかけだった小川洋子さんの博士の愛した数式を読む。
 この小川洋子さんの小説は、前にも読んだのだが、先日、「ことり」を読んだあと、何故かもう一度再読したくなって、妻の本棚に眠っていたものを探し出し読み出したものだ。
 前にも、読後感想をブログに書いたが、それを見直しながら、ここに再度読後感想をアップする。

 

小川洋子著『博士の愛した数式』を再読する
 実に、心ほのぼのと、読後に余韻が残る物語だった。
 交通事故で脳に損傷を受け、それ以降は記憶が80分しか持続できない老数学者「博士」と、その博士のお世話をする家政婦の「私」と、私の息子「ルート」の、心触れ合う物語なのだ。

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 博士の記憶は80分しかもたない。忘れない(思い出す)ために博士の背広には、事細かく生活を維持するためのメモがピンで留めてある。
 そして、いつも数式のことだけを考えている博士。そして博士は、子どもを無条件に愛する純粋な人なのだ。
 高校三年の時に妊娠して子供を産み。それ以降は家政婦組合に登録して、一人息子を育てるシングルマザー「私」は、博士が投げかける数式に少しずつ魅せられ、博士の純真な心に触れながら、家政婦という立場を超えた恋慕にも似た眼差しで、博士を温かくお世話をする。
 「子供を一人にしておいてはいけない」という博士の強い意見を受け入れて、本来ならばしてはいけない派遣先の博士の家に子供を連れて行く。
 博士は、その息子の平らな頭を撫でて「どんな数字でも嫌がらず自分のなかにかくまう、実に寛大な記号の√ 」の形にちなんで「ルート」と名付ける。

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 博士にとってはいつも初対面。かろうじて袖口にピイ止めされているメモで関係性を確認する。
 物語の中には、素数自然数完全数など、様々な数字や記号、数式が登場する。「君の生年月日は?」「君の靴のサイズは?」などと問うたり、いろいろな場面に出てくる数字に対して、その数字が意味する不思議な美しさを、博士は解き明かして語る。

 数学があまり得意でないと自認する僕であっても、その説明に納得し、数字や数式の謎に魅力を感じてしまうのは、著者の巧みな文章の力だろうか。

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 博士の中では、今でも事故前の阪神タイガーズの江夏豊は現役である。
 その江夏の背番号は、その数自身を除く約数の和が、その数自身と等しいという、自然数の中でも特別な完全数の「28」(28=1+2+4+7+14)。
 博士は実際に野球を見たことがなくても、データー上の数字で野球を理解している。
 そんな博士を連れて、阪神タイガーズフアンの息子・ルートと3人で野球観戦をしたり、ルートの誕生日に1985年頃におまけに付いていた江夏の野球カードを、2人で探して博士にプレゼントしたりと、なぜか親身になってしまう涙ぐましい交流をして、純粋に、深く深く、心と心が結ばれていく。

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 そんな博士も、80分という記憶維持の時計が壊れて施設に入るが、その後も3人の交流は続く。
 私とルートの博士訪問が最後になった日には、ルートが22歳になって大学を卒業する前だ。息子のルートが教員採用試験に合格して、来春から数学の先生になることを博士に報告し、博士は弱々しい腕を震えさせながらルートと抱き合う。

 

 さすが、全国の書店員が選んだ第一回本屋大賞を受賞した小説である。
 再読したのだが、またまた新鮮な気持ちで読後の余韻に浸っている。

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 最後に、博士が〝ゼロの発見〟を熱く語るのを記しておく。
 「0を発見した人間は、偉大だとは思わないかね。」「古代ギリシャの数学者たちは皆、何も無いものを数える必要などないと考えていた。このもっともな理論をひっくり返した人々がいたんだよ。無を数字で表現したんだ。非存在を存在させた。素晴らしいじゃないか。」〝無〟に意味と存在を与えたのが〝0〟なのだと言うことを、このように語っている。実に知的興味を刺激してくれることも書かれている小説なのである。