藤岡陽子著『 海とジイ 』を読む

 先日、次の予定までの待ち時間に、ブックオフを覗いていて目に止まったのが、この本だ。
 藤岡陽子さんという作家を僕は知らなかったが、タイトルと表紙絵が気に入って手にした。
 昨年末に刊行されている単行本だからだろうか、ブックオフにしては高めの値が付いていたが、表紙帯に書かれていた「人生という荒波を乗り越え 落陽のときを迎える者たちが 見せてくれる『生き抜く姿』とは・・・」のコピーを見て、読んでみようと思った。

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 内容は、「海神(わだつみ)」・「夕凪(ゆうなぎ)」・「波光(はこう)」という3編の短中編の作品が収録。

 

 一人目のジイは、漁師として生き、末期癌のジイだ。
 漁師には向いてないと教師にした息子を、嵐対策で手伝わせて、若くして失う。その息子が残した孫は不登校児。ジイの容体を心配して訪ねて来た孫に、ジイは元気に振る舞いながら饒舌に語る。孫はジイが亡くなったと聞き不登校をやめる決意をする。そんなジイと孫の心の交流。
 二人目のジイは、長年開業していた診療所を閉めると決断した老医師ジイだ。
 その診療所で働いている看護師は、結婚に失敗して、21年間、医師を支えてきた。閉院を前に突然、瀬戸内の島に行ってしまった老医師を追って島を訪れる。そこで語り合う2人の人生。老医師の凜とした覚悟を知る。
 三人目のジイは、挫折や葛藤をしながら大学を出て、中小企業の社長にまでなり、退職後は、瀬戸内の島で「石の博物館」を営むジイだ。
 膝の故障で長距離ランナーの夢が怪しくなって現実逃避する孫が、ジイを訪れ、ジイの語る青春時代の友人との交流や、生きる糧を見つけた話や、石の博物館に老後を懸ける心情に触れ、孫は再び、前向きに生きる気持ちが湧いてくる。

 

 老いても、なお、凜とした生き方をする、いや、老いたからこそ、自分の最期を見据えながら、それぞれの生き方を貫こうとするジイ達の姿に、心あたたかい感動を覚える作品だった。

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 こんな作品を書く藤岡陽子さんという作家は、どんな経歴の人だろうか。こんなことを、なぜか読後に感じて、ネットで検索する。

ウィキペディアから抜粋)
 藤岡陽子さんは大学卒業後、報知新聞社にスポーツ記者として勤務するが、「プロの選手が並々ならぬ努力を続けているのに比べ、どこかで自分は全力でないことを感じていたことや、遅筆だったためにスピードを求められる仕事は自分には合わないという思いがあり」3年で退職。その後、「全てをリセットするためにタンザニアの大学に留学し、スワヒリ語科で学ぶ」。帰国後は「大阪文学学校(夜間部)に通い、小説を書いては投稿する日々を続け」、「経済的に夫に依存することに不安を感じ、看護師資格を習得」したという異色の頑張り屋の女性の様だ。現在も、看護師を続けながらの創作活動をしているらしい。

 

 自分の人生に「有限」を感じている僕たち世代には、お薦めの本だ。
 なぜか、読んでいて、僕ら世代にとって「今を生きるとは、どんなことなのか」という問いが、静かに心に残る、そんな作品なのだ。