この藤岡陽子さんの『 おしょりん 』はどんな物語なのか。
先日、藤岡陽子さんの『 海とジイ 』を読んで感動したが、それとはまるで異なる作品。
看護師をしながら創作活動をしている藤岡陽子さんは、こんな小説にも取り組んでいるのかと興味を持って読んでみた。
一言で言うと「眼鏡フレームづくりを事業化した兄弟の物語」である。
福井県鯖江市は、眼鏡フレーム国内シェア96%で、「メガネの聖地」と言われるらしい。
ネットで検索したら、「新成人600人に眼鏡セット」という昨年の成人式の次の様な記事が載っていた。
(毎日新聞2018年1月7日)
「国産眼鏡フレームの生産高全国一の福井県鯖江市で7日、成人式があり、新成人約600人に鯖江産の眼鏡と眼鏡拭き、眼鏡ケースが贈られた。郷土愛の向上と鯖江産眼鏡のPRが狙いで、初めて実施された。」
県眼鏡協会がこの日限定デザインの度無しの眼鏡を、男女それぞれ9種類用意したらしい。
このように「メガネの聖地」となったのは、明治30年~40年代に、増永五左衛門という人物が「冬の間に農業の代わりに出来る軽工業」として、眼鏡のフレームづくりを始めたのがキッカケだという。
増永家は、旧足羽群麻生津村生野(現・福井市)の庄屋を務める旧家だった。このままでは、雪深い農村は貧困で疲弊し、村人は離村、村はなくなってしまうという危機感から、大阪に出稼ぎに出ている弟の助言もあって、眼鏡のフレームづくりを事業化しようとする。
しかし、その時代、眼鏡をしている村人など誰もいなく、増永は羽二重機織り事業を失敗した後でもあり、周りの村人は皆が反対。
それを、故郷の行く末を思う兄弟2人で、粘り強く説得し、数々の困難を乗り越えて事業化するのだ。
それが、今の「国産眼鏡フレームの生産高全国一」のもと種。
その創成期の物語が、この藤岡陽子さんの『 おしょりん 』である。
最後に、タイトルとなっている「おしょりん」について触れておく。
本書169頁に記載
「田んぼも畑も川も農道もすべてが雪で覆われ、その雪が硬く凍りつき、けっして割れたりしない状態を、この土地の者はおしょりんと呼ぶ。おしょりんになった日の朝は、尋常小学校まで一直線に進んで行けるのが、子供の頃はなにより嬉しかった。田畑の上を歩き、大きな川や池の上を横切り、道なき道をぐんぐんと歩いていく。とにかく目的地までの最短距離を、脇目も振らずに・・・」
つまり、おしょりんとは、目的地まで最短距離で歩むことが出来るワクワクする朝なのである。眼鏡フレームづくりの事業創成期の苦労の日々に、おしょりんは希望の光としてタイトルとしたのだろう。
ちなみに、福井市内のメガネミュージアムには増永五左衛門の胸像があるらしい。
私財をなげうっても、故郷の行く末を思うと、やらなければならないことがある。
増永五左衛門の庄屋としての執念が、今に繋がっている。