ポーラ・アンダーウッド著『一万年の旅路』を再読中

 明日は「立冬」。暦の上では冬の始まりだ。
 昨夜から今朝にかけては、嵐のような雨と風。
 今朝は、街路樹の葉っぱも、いっぱい落ちていた。

                

 公園の木々の葉も色付いている。

               

 ススキもきれいに白い穂を揺らしている。

               

 明日からは三重県ヤマギシの村・豊里実顕地に出張だ。
 また、暫くブログにご無沙汰となるし、今夜は時間があるので、再読中の本のおしゃべりをする。

 

◇ポーラ・アンダーウッド著『一万年の旅路』を再読中
 先日、約1ヶ月かけて読み終わった「 ネイティヴ・アメリカンの口承史」のポーラ・アンダーウッド著『一万年の旅路』を、今週初めから再読している。

                

 540ページほどの部厚い本なのだけれど、どうしても、もう一度読んでみたくなった。
 この書籍が出たのは25年前で、いつかは読んでみたいと思いながら、その部厚さと値段にちょっと買うのを躊躇して読んでいなかったのだが、先日、友人宅を訪れた時に本棚にこの本があったので借りて読もうと思ったら、友人曰く「これだけは貸せない。時々、読み返している」とのことで断られた。
 いま一読して、その友人の気持ちがよく理解できる。

この本は、モンゴロイドの一族が、長年安住の地として住んでいたユーラシア大陸から、海に呑まれる寸前のベーリング陸橋を命がけで渡り北アメリカ大陸へ。そこからもカナダ北西部での冬越え、現代でも困難なロッキー山脈越え、米中西部の巨大な砂漠の横断など数々の困難を乗り越えて、ついに五大湖南岸の「新たな安住の地を獲得」した大いなる旅路の物語なのである。
 その一族というのが、ネイティヴ・アメリカンといわれる北アメリカの先住民・イロコイ族(現在もイロコイ連邦として存続)。
 彼らが重要な事項を決定する際は、全員が納得するまて話し合う。そこで彼らが何より優先して考えなければならないことは、現世代のことではなく、これから生まれ来る世代が自分たちより悪い環境で暮らすことがないよう、心を配り決定を下す。
 今なお続いているイロコイ族のこのような知恵と実践は、民主主義の一つの原点としてアメリカ建国、国際連盟国際連合にも影響を与えたと言われているだけあり、本書は示唆に富んだ内容なのだ。

 再読は、いま100ページを超えたところだ。実に物語としてもワクワクする展開の連続だ。
 ここまでの展開を要約すると・・・

 アフリカ大陸から移動してきた人類の一部が、朝鮮半島がアジア大陸本土に接続するつけ根と思われる地で、「安住の地」として長く暮らしていたが、あるとき、天変地変が起こる。
──(本署11ページ)遠い雷鳴のような音が聞こえてきた。小さな石がその場で踊り出し、なかには丘を転がり落ちてくるものもあった。大地が太い網にかかった〈鋭い牙〉のごとくのたうちはじめ、ばらばらに裂けた。一族はあまりの異変に泣き叫んだが、足元がぐらついて逃げることもかなわず、転がり落ちる大石で押し潰される者もおり、だれ一人として立っていることができなかった。── と、大地震か大噴火が起こる。
 そして海辺に避難した一族へ ──(本署12~13ページ)そのとき、一族の叫び声のかなたに遠い音を聞きつける者たちがいた。同時に、砂地がみるみる広がって海がすっかり退き、われらの入り江から水が消えたのである。── 広がった砂地を求めて山を降りてくる者たちから、口々に大きな叫び声が上がった。「あぶないぞ」、「海から離れろ」、「海が大きな壁になって押し寄せてくる」、と。── そして人びとの目の前に、身を守ってくれるはずの海が見えた。食べ物や喜びを与えてくれる恵みの海が見えた。彼らの世界の中心であるはずのその海が、怒れる山のごとく、憤れる熊のごとく、荒れ狂う嵐のごとく立ち上がったのだ。── このように大津波が襲う。

 このような天変地変が繰り返されて、彼ら一族はリーダー格だった「長(おさ)びと」集団も失い、自分たちだけで、自分たち全員が知恵を出し合う「節度ある話し合い」の知恵を編み出し、「子どもたちの子どもたちの子どもたちのために」新たな安住の地を求める旅に出るのだ。
 それは、当時、陸続きであった北アメリカ大陸である。しかし、ユーラシア大陸北アメリカ大陸の間にはベーリング海峡がある。

 ベーリング海峡についてネットで調べてみたら「世界史の窓」というページに「地球上で繰り返された氷期の最後の時期は、7万3000年前頃に始まり、途中の中だるみ期を経て、2万5000年前ごろから再び寒気が強まった。この氷期には、地表面の水が氷結し1000~2000mの厚さで地球上を蔽っていた。そのため海水面は現在より100mほど低下していた。現在のベーリング海峡は水深が42mほどしかないので、氷期には海底が広い範囲で露出し、南北の幅が1000kmの陸橋ができた。この陸橋部を名づけてベーリンジアという。」しかし「2万5000年前頃から、温暖化で海水面が上昇しはじめベーリング海峡が形成された。」と記載されている。

 本書では、約1万100年頃と推測し書かれているので「陸橋」が「海峡」に変わった時期である。
 海水に隠れ尖った部分しか出ていない岩、押し寄せる波に洗われながら、滑る岩肌に体を結びながら、子どもたちを背負い、食糧を背負うことが出来ない者の荷物は力のある者が背負い、知恵と勇気ある者が先導としんがりをつとめながら、知恵をしぼり渡るために作った「大いなる綱」を使って、この難所を一体となって渡る様が描かれている。 
 その難所の〈海辺の渡り〉をしたのは、──(本書55ページ)一族の中で荷物を背負う力があったのは三五人。そこまで力のない者が一七人。そのうち三人はずっと人に運ばれなければならなかった。──と、総勢52人と記されている。

 そしてアメリカ大陸に渡った後も、次々と遭遇する難局。それを乗り越え得た団結の源は「子どもたちの子どもたちの子どもたちが、私たちの日々の暮らしぶりを喜びとすることができるような安住の地を探すこと」にあり、「目的というものがなければ、彼らはたんなるさすらいの民になりかねなかった。さまよう〈大いなる群れ〉を追って生きる、いくつかの民のように」と、彼ら一族の目的意識を確認しながら歩き続けるのだ。

 

 これらの物語の展開に、僕は再読しながら、彼らの「節度ある話し合い」によって、知恵を出し合い、一体で実践する姿に、さらに新鮮な感動を覚えるのだ。