高田郁著『ふるさと銀河線 軌道春秋』を読む

 時代小説作家で好きな高田郁さんが、時代小説にデビューする前に、こんな素敵な短編を書いていたとは驚きである。
 このふるさと銀河線 軌道春秋』は9編の短編集なのだが、そこに登場する人物の人生を丁寧になぞりながら、それぞれが抱える悩みや葛藤に、かならずその先には希望があることを心温かく描いている。

    

 この短編集の最後は、「幸福が遠すぎたら」のタイトルの作品なのだが、その最後を寺山修司の詩「幸福が遠すぎたら」を紹介している。
 最後に、この詩に触れて、高田郁さんがこの短編集に託したモチーフを感じて「ああ、いい短編集を読ませてもらったなあ~」と改めて感じて、それぞれの短編作品の感動をひとつ一つ咀嚼させてもらった。

 では、寺山修司の詩「幸福が遠すぎたら」は、どんな詩かというと、作品の中で紹介しているのだが、唐の時代に詠まれた「勧酒」という詩の中の一句「人生足離別」に、「サヨナラだけが人生だ」との名訳つけたのは井伏鱒二。その言葉を受けて、寺山修司が作った詩がこれなのだ。

 

◇「幸福が遠すぎたら」 寺山修司

 さよならだけが 人生ならば
  また来る春は何だろう
  はるかなはるかな地の果てに
  咲いている野の百合何だろう

 さよならだけが 人生ならば
  めぐり会う日は何だろう
  やさしいやさしい夕焼と
  ふたりの愛は何だろう

 さよならだけが 人生ならば
  建てた我が家なんだろう
  さみしいさみしい平原に
  ともす灯りは何だろう

 さよならだけが 人生ならば
 人生なんか いりません

◇この短編集に収められている作品
 この短編集、お薦めなので、ちょっとだけその内容に触れて紹介する。

「お弁当ふたつ」
 主人公は専業主婦。夫が会社を2ヵ月前にリストラされていたことを知らなかった。
 毎朝、弁当を持ち、何事もないように出勤していく夫。会社を訪ねてリストラを知り、夫の後をつけてこっそりと電車乗り、夫の心情に触れる・・・。

 

「車窓家族」
 ある駅の手前で一時停車する通勤電車。その度に目にする沿線に建っている文化住宅
 その一室にはカーテンがなく、いたわり合いながらつつましく暮らす老夫婦の姿をいつも見ることが出来る。
 それを眺めながら、いつしか老夫婦の姿を気にかけている何人かの乗客・・・。 
 
「ムシヤシナイ」
 大阪環状線の駅ホーム。定年後に立ち食い蕎麦屋を営む男性。
 突然、疎遠になっていた息子の子供(孫)が5年ぶりに訪ねてきた。親から勉強を強いられ、逃げ出してきた少年と祖父の再生の物語・・・。
 タイトルの「ムシヤシナイ」って何だろうと思ったら、腹の虫をなだめるために、軽く食すること(虫養い)なのだ。

 

ふるさと銀河線
 北海道の道東の小さな街「陸別」を走行する過疎化が進むローカル線「ふるさと銀河線」。
 両親を不慮の事故で亡くした兄と妹。兄は地元で妹と暮らすために、ここの鉄道運転士として働く。中学3年生の妹は高校受験を控え、故郷に留まるか、自分の可能性を目指すか進路に思い悩む・・・。

 

「返信」
 妻と幼子を残して急死した亡き息子の面影を抱きながら暮らす老夫婦。
 15年前に陸別の旅先から送られて来たハガキを頼りに2人は陸別を訪れて、街並みは近代化されながらも「何もない陸別」の素晴らしさに触れて、亡き息子の心情を知る・・・。

 

「雨を聴く午後」
 バブル崩壊後、投資家から罵倒されながらも働き続ける証券マンの物語。
 大学時代に住んでいた線路沿いにある古アパートに偶然通りかかり、以前使っていた合い鍵を使ってみたら開いてしまう。懐かしいアパートの一室。誰が住んでいるのかも知らないまま、その部屋で癒やされる自分を発見・・・。

 

「あなたへの伝言」
 前作のアパートの一室に、慎ましい生活をしながらセキセイインコと暮らす女性。
 実はアルコール依存症を克服するために夫とは別居状態。
 克服し、夫と生活できるようにと懸命に弁当屋で働きながら、毎日洗濯してベランダに白いソックスを干す。車窓越しに夫がそれを見ていることを思って・・・。

 

「晩夏光」
 一人暮らしをしながら、庭いじりを愉しみに過ごしている女性。
 ある日、訪ねてきた息子は、母親の様子が以前より変わっている事に気付き、認知症を患い始めたことをしる。
 かつて、アルツハイマー病を患っていた姑の介護に苦労したことを思い出しながら、断片的に記憶をなくしていく自分を、姑に重ね合わせて・・・。

 

「幸福が遠すぎたら」
 以前に、ポストカプセル郵便としてつくば博で出した手紙が、16年後に届く。
 大学時代の同級生3人は、当時の想い出を抱きながら、嵐山駅で再会する。
 父親から四代目の家業を引き継いだが倒産寸前の女。希望通りに弁護士になったが癌を患う男。震災で身重だった妻と両親を亡くした男。それぞれが、それぞれの生き様を知る・・・。
 
 こんな内容の9つのエピソードは、誰の生活でも身近にあり得ること。
 著者の高田郁さんは「あとがき」で、
「生きにくい時代です。辛いこと哀しいことが多く、幸福が遠すぎて、明日に希望を見いだすことも難しいかもしれない。それでも、遠い遠い先にある幸福を信じていたい──そんな思いを、本編の登場人物たちに託しました。」と記している。