若竹千佐子著『 おらおらでひとりいぐも 』を読む

 この作品は、3年前に芥川賞を受賞している。著者の若竹さんは63歳と、史上最年長受賞として話題になった。
 その時は、「文藝春秋」に掲載されていたのを手にしたが、書き出しから東北弁で、なんとなくスーッと入ってこなくて読むのを後回しに・・・。
 しかし、コロナ禍でステイホームの時間が多くなり、妻の本棚を覗いていたら目に付いたのが、この『 おらおらでひとりいぐも 』だった。

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 物語の出だしは、こんな東北弁丸出しの羅列。
──
あいやぁ、おらの頭(あだま)このごろ、なんぼがおがしくなってきたんでねべが
どうすっぺぇ、この先ひとりで、何如(なんじょ)にすべがぁ
何如(なんじょ)にもかじょにもしかながっぺぇ
てしたごどねでば、なにそれぐれ
だいじょぶだ、おめには、おらがついでっから。おめとおらは最後まで一緒だがら
あいやぁ、そういうおめは誰なのよ
決まってっぺだら。おらだば、おめだ。おめだば、おらだ
──
 この主人公の桃子さんの東北弁の言葉。じっくり読めば、僕も福島県生まれだから理解できない言葉ではない。なかなか味がある文章だと思い直して読み進めた。

f:id:naozi:20200819202612j:plain主人公の桃子さんは74歳。
 24歳の秋、親から勧められた結婚を3日後に控えていたが、故郷から解放されたくなって衝動的に東京へ。見るもの聞くもの新鮮な東京で住みこみで働き生活していたが、ある日、店のお客さんの「おらは、おらは」と大声で話す同郷らしい美男と出会う。
 お店に来るたびに、大盛りのライスと山盛りのサラダを出し、頼まれもしないのに何度もお茶を取り換えて親しくなる。そしてデートを重ねて、真顔で「決めっぺ」の一言のプロポーズで結婚したのが夫の周造。
 「意を決して都会に出てきたものの思い描いた豊かさを追い求める暮らしになじめなず、かといってそれに代わるものを見つけかねていた」というのも、二人は似ていた。
 そんな周造の喜ぶ顔が見たい、周造の理想の女になると決めて、周造のために生きると決意し、二人の子どもにも恵まれたが独立して今は疎遠。更に15年前に夫の周造も突然亡くなって、一人ぼっちの桃子さん。
 そんな桃子さんが74歳になって掴んだ老いの心境。
 誰もいないのに、内面の最古層から聞こえてくるのは捨てた故郷の方言。夫も含めた今までかかわった大勢の人の声が聞こえる。一人ぼっちになった今、誰にもあてにされることのない自分には、世間の規範など気にせず〈おらはおらに従う〉自由さ。
 話し相手は生者とは限らない。愛する夫の世界にもつなりを感じられる。だから孤独とともに生き、「おら おらで ひとりいぐも」の心境に、40年来住み慣れた都市近郊の新興住宅で、ひとり茶をすすりながらたどり着く。

f:id:naozi:20200819202612j:plain読み終わってみると、この桃子さんの心境が、僕にもある老いの心境にも重なって、じわじわと心に沁みる感動の物語だったことに気づく。
 このような小説を、「歳をとるのも悪くない」と思えるような小説として、青春小説の対極の「玄冬小説」というらしい。