佐藤正午著『 岩波文庫的 月の満ち欠け 』を読む

 この佐藤正午さんの『 月の満ち欠け 』は、2017年上半期の直木賞を受賞した物語である。


 先日、新聞書籍紹介でこの文庫を知った。
 それによると「岩波文庫」への収録も検討したが、長い時間の評価に堪えた古典を収録する叢書には、まだ時期尚早と考えて「岩波文庫的」とわざわざ付けて、文庫化されたのだという。
 岩波書店も面白いことをやるなあ、って興味を持ったのと、直木賞を受賞した佐藤正午さんの作品なら、裏切らないだろうと思って読みだしたのだ。

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 27歳の人妻が、ひょんなことから知り合った20歳の学生と恋に陥る。
 彼女の名前は「瑠璃」。
 諺の「瑠璃も玻璃も照らせば光る」に由来する名前。
 ある逢瀬の時に「みづからは半人半馬 降るものは珊瑚の雨と碧瑠璃の雨」という与謝野晶子の歌を言って、その意味を、彼に宿題として与える。
 彼は、その意味が分からないまま、アルバイト先の同僚から教えてもらった吉井勇の歌「君にちかふ 阿蘇の煙の絶ゆるとも 萬葉集の歌ほろぶとも」を彼女に返す。


 そして、彼女は「あたしは、月のように死んで、生まれ変わる」と、恋する彼に語った後に、不慮の電車事故で亡くなる。

 その彼女は、月の満ち欠けのように、何度も、後世の少女のなかに蘇り、生まれ変わりながら、生と死を繰り返して三人の男の人生の中で交錯し、運命的な出会いを繰り返し、物語が展開する。
 生まれ変わりのキーワードが「瑠璃も玻璃も照らせば光る」という言葉。
 恋しい人への想いが、月の満ち欠けのように、輪廻転生しながら繋がっていくという物語なのだ。
 その輪廻転生が、単なるミステリアスでなく、ワクワクしながらの展開で読ませる筆力は、さすが直木賞を受賞した作家の物語だと思いながら、読み終わった後も、再び最初からつまみ読みをして、読後感想の咀嚼を楽しんでしまった。

 

 蛇足になるが、最初の「瑠璃」という人妻と、レンタルビデオ店アルバイトの学生が出逢い、逢瀬を繰り返すのが、高田馬場なのだ。
 高田馬場の映画館「早稲田松竹」も出てくるし、いまは存在してないが、僕か高田馬場にきた頃は隣のビルにあった「東映パラス」という映画館も書かれているし、もちろん、神田川界隈も物語の舞台になっている。

 その点でも親しみを持ちながら読んだ。