幕末維新英雄の「常識」に異論

        
 明治維新150年ということで、維新史に触れている記事が目に付く。
 幕末から明治維新にかけての時代小説もよく読むので、ついつい興味を持って読む。
 先日、東京新聞に連載されていた、近現代史に詳しい作家の半藤一利さんとノンフィクション作家の保坂正康さんの対談『「薩長史観」を超えて 』のことを記した。
 その中で、半藤さんが『 司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」では「正しい戦史は資料として使われなかった」と語り、人気小説がノンフィクションと思われていることに懸念を示した。』と触れていたことを紹介した。

 日曜日の朝日新聞朝刊を見ていたら、13面の「文化の扉・歴史編」で、坂本龍馬亀山社中についての異説が載っていた。
       
 坂本龍馬のイメージについても、僕らはだいぶ司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』の影響を受けている。
 書評家の大矢博子氏は、ある歴史小説の解説の中で次の様に書いている。
 ─歴史小説とは、客観的に判明し確定している(確定とみなされている)史実をもとにその背景を描くジャンルである。史実と史実の間、つまり年表に記載されているような歴史項目の間を想像で埋めていく作業だ。好き勝手に埋めていいわけはない。そこには史実と矛盾しない〈辻褄合わせ〉が不可欠だ。史実はそのままに、その史実が史実として成立しうる最も意外でドラマチックな、そして最も説得力ある〈辻褄合わせ〉。それが歴史小説の面白さと言っていい。─
 この大矢氏のこの言葉を借りるならば、僕らは作家の「最も説得力ある〈辻褄合わせ〉」のフィクションの巧みさと面白さに感動して、勝手にノンフィクション的なイメージで記憶しているに過ぎない。

 この「異説あり 亀山社中と龍馬」明治維新史学会理事の神田外語大学准教授の町田明広さん(幕末維新史)は、興味あることを指摘している。
 その2点だけ抜粋要約すると
〈その1〉 神戸にあった幕府の海軍操練所解散後、坂本龍馬は浪士らを集めて、長崎に日本初の商社兼私設海軍「亀山社中」(のちに海援隊)を設立。
 〈異論〉 亀山社中の「社中」はグループという程度の意味。薩摩藩名義で買い上げた軍艦を、薩摩の指示のもとで運行していた土佐の脱藩浪人の集団というのが実態。さらに、発足に坂本龍馬が関与した史料はない。
〈その2〉 長州と薩摩の仲を取り持ちたい坂本龍馬は、亀山社中を使い、西郷隆盛に働きかけて長州藩のために武器を購入した。
 〈異論〉 薩摩名義で武器の買い付けを決めたのは小松帯刀で、龍馬も西郷も関わった記録はない。西郷は当時、薩摩藩の下役で名義貸しを判断できる立場ではなかった。

 
 町田明広さんによれば、「龍馬については、研究者の間ではすでに『常識』となっていても、一般にはまだあまり知られてないことが多い。」と書かれていた。