松岡圭祐著 『 八月十五日に吹く風 』 を読む

 この小説は、第二次世界大戦終戦の2年前に行われた史実、キスカ島撤退作戦を素材とした歴史小説である。
 松岡圭祐さんの作品は、先日、1900年に中国の清朝末期に北京で起こった義和団事件を素材とした『 黄砂の籠城 』を読んだ。
 これは、暴走化した20万人の義和団と清国軍に11ヵ国の外国公館が包囲され、そこに籠城した4000人の外国人とキリスト教徒の戦闘なのだが、その戦いのリーターシップをとったのが日本の駐在武官・柴五郎で、彼と部下たちとの活躍する物語である。
 今度は、あまり知られていない(僕も知らなかった)キスカ島撤退作戦を素材にした物語というので、期待して 『 八月十五日に吹く風 』 を読んだ。
         
 この作品の素材となった「キスカ島撤退作戦」についは、ウィキペディアには次の様に記されている。
─ キスカ島撤退作戦は、1943年(昭和18年)7月29日に日本軍が行った、北部太平洋アリューシャン列島にあるキスカ島からの守備隊撤収作戦のことである。キスカ島を包囲していた連合国軍艦隊に全く気づかれず、日本軍が無傷で守備隊全員の撤収に成功したことから「奇跡の作戦」と呼ばれる。─

 この作品では、キスカ島守備隊員約5200名(正確には5183名)を救出したことが、決して奇跡で成果を上げた作戦でなく、緻密に計画され、的確な判断でもって、人命の尊さを第一に考え成し遂げた、心ある軍人たちの救出劇だったことが描かれてある。
 そして、このことがドナルド・キーン(作中ではロナルド・リーン諜報員・日本語通訳官)によって、「日本人は決して玉砕しか考えない、命の尊さを知らない野蛮な民族ではない」ことを、終戦時に進言し、非戦闘員が住む都市爆撃や原爆投下という無慈悲な行為を正当化していた米軍上層部が、それによって、比較的平和な占領政策に転換することも書かれている。

 蛇足になるが、文中に「『源氏物語』のどこがいい?」と、同僚に聞かれたロナルド・リーン(ドナルド・キーン)は、「簡単だよ『源氏物語』には戦争がない。ヨーロッパの叙事詩にでてくる主人公は、戦ってばかりだ。」と答え、日本人には、繊細な情愛の念が民族の根底にあることを『源氏物語』で知ったことが書かれている。
 東日本大震災を契機に、日本国籍を取得し日本に永住する意思を表明したドナルド・キーンの一面である。


 『 黄砂の籠城 』同様、『 八月十五日に吹く風 』も、お薦めの小説である。