興味を持った新聞記事のおしゃべり

◇19日・今朝の朝日新聞から
        
  オピニオン&フォーラム
     高橋源一郎の「歩きながら、考える」
       皇居で手を振る、人権なき「象徴
       孤独に問い続け、弱者や死者思う

 天皇生前退位をめぐって、その是非と法整備による可能性が議論され、検討されている今、作家・高橋源一郎は、12月23日の天皇誕生日の日に、皇居での天皇一般参賀に行って感じたことを書いていた。
 高橋は、天皇とその家族に日の丸の小旗を振りながら、「何度も手を振り、やがて、ベランダを背にした。その姿を見ながら、わたしは表現し難い感情を抱いた。」と、その時の気持ちを、70年前に作家・中野重治が雑誌に書いた文章を紹介し、それと近い気持ちだったのではないかと次の様に書いている。
「個人の人権を尊重した憲法の公布を告知する天皇の姿に触れながら、誰も、その天皇自身の『人権』には思い至らない。その底の浅い理解の中に、中野は、民衆の傲慢(ごうまん)さと、『戦後民主主義』の薄っぺらさを感じとったのである。」
 そして、「『天皇という立場』とは、何なのだろうか。」と問い、
憲法天皇を、日本国と日本国民の統合の象徴としている。では、『象徴』とは何だろうか。国旗や国歌がその国の象徴とされることは多い。だが、わたしたちの国のような形で生身の人間をその国の象徴と規定する例を、わたしは、ほかに知らない。」と書き、天皇が最も大事にしている仕事の、被災地を訪れ、被災者に跪き話を聞き、励ます行為や、慰霊の旅に出て深い哀悼の意を示す行為に、「弱者と死者への祈り。それこそが『象徴』の務めである」と天皇は考えているのだと書く。
 最後に「その天皇がほんとうには持つことのなかった『人権』について考えられることはいまも少ないのである。」と結ぶ。
 この記事を読んで、天皇制がいろいろと論じられているが、このような高橋の視点が、僕も大切だと思った。


◇18日・昨日の東京新聞夕刊から
        
   韮山反射炉 鉄製大砲は「七門」 出荷数 古文書から仮説

 世界文化遺産になった伊豆の韮山反射炉で、鉄製大砲が作られたのは、はたして何門か。
 最近の古文書解読の研究で、江戸幕府の海防体制強化のために作られた鉄製大砲は7門との仮説が出てきたとの記事。
 僕は「7門も作ったのか」と、ちょっと興味を持って読んだ。

 何で、このような記事に興味があるのかというと、実は昔、某電機会社に勤めていて半導体の開発に携わっていたとき、日本初の反射炉韮山反射炉)を作ったことで知られる伊豆韮山の代官・江川太郎左衛門の直系の孫にあたる方が、半導体開発の技師長(後に取締役副社長)として開発を率いていた。 そんな関係で、社員バス旅行で韮山反射炉を訪れ見学したときに、特別な説明まで受けた記憶があるから、韮山反射炉にはちょっと思い入れがある。