この本は、先日発表された直木賞の候補作である。
残念ながら、受賞はしなかったが、ニューヨークの近代美術館のキュレーター経験があり、アートへの造詣が深い原田マハだからこそ描けたと思われる渾身の力作である。
ピカソの「ゲルニカ」は、パリ万国博覧会のスペイン館を飾る壁画として、スペイン内戦中の1937年に描いた絵画である。
ドイツ空軍のゲルニカが受けた都市無差別爆撃を主題としているのだが、その制作にまつわる様子や、その後の展示について、ピカソの戦争批判、平和への願いをテーマに、当時のヒットラーの侵略、スペインのフランコ独裁政治、さらにニューヨークの9・11テロ事件など、政治的な大きな波を舞台にして物語は描かれている。
冒頭に「芸術は、飾りではない。戦争やテロリズムや暴力と闘う武器なのだ」という強烈なピカソの言葉が、紹介されているのだが、この物語を読み終わった今、あらためてパブロ・ピカソという偉大な画家の作品をじっくり鑑賞したくなっている。きっと観方というか、鑑賞の意味合いが違うだろうと思う。
これは、表紙の「ゲルニカ」の絵を接写したものだが、本書・第五章で、ピカソがこの絵を描いた強い意思の現れが、次の様なやり取りで書かれている。
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スペイン館で〈ゲルニカ〉が公開された、その日。
その全貌を初めて大衆の前に現した〈ゲルニカ〉の前で、敵陣視察とばかりにやってきたナチスの将校たちと、ピカソは向かい合っていた。
将校のひとりが、ピカソに尋ねた。
─この絵を描いたのは、貴様か?
ピカソはたじろぎもせず答えた。
─いいや。この絵の作者は、あんたたちだ。
このやりとりに会場は騒然となった。
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僕は読み終わってから知ったのだが、アメリカがイラク空爆に踏み切る直前、国連本部のロビーに飾られていた「ゲルニカ」のタペストリーに、暗幕がかけられた騒動(国連本部ゲルニカの暗幕事件)は、実際にあった史実であり、原田マハは、それがこの物語を書くきっかけになっているのだという。
とにかく、読み応えのある、ずっしりとした物語である。