朝井まかて著『眩(くらら)』を読む

 先日、三重のヤマギシの村に行ったときに、エイコさんから「葛飾北斎の娘、応為を書いた小説が出たよ。読んだら回して・・」と、紹介されたのが、この朝井まかてが書いた『眩(くらら)』である。
          

 僕は、朝井まかての小説は直木賞作品の『恋歌』しか読んでいない。
 『恋歌』も僕にとっては感動した小説だった。
 主人公は、樋口一葉の師匠である中島歌子という歌人
 江戸の裕福な商家から水戸藩士に嫁ぎ、尊王攘夷の波に翻弄されながら、壮絶な人生を歩み、のちに歌人となった中島歌子の生涯を、幕末の水戸藩の史実を忠実に描きながら物語が展開する歴史小説だった。


 今回、読んだ『眩(くらら)』は、葛飾北斎の三女・お栄こと画号を「葛飾応為」という天才浮世絵師の生涯を描いた物語だ。
 お栄は、北斎に「美人画では敵わない」と言わせたほどで、西洋の陰影表現を体得し、全身全霊、生涯のすべてを、絵を描くことに投じた女性なのだが、生没年未詳の謎の天才女絵師なのだ。
 そのお栄こと葛飾応為と、父であり師匠である葛飾北斎を、朝井まかては見事に生き生きと描き切って、浮世絵師たちの制作作業の様子から、浮世絵業界の人間模様、北斎の代表作「富嶽三十六景」や、応為の代表作「吉原格子先之図」などを描いた様子までを、実にリアルに書いているのだ。


 たとえば、天才女絵師と言われるお栄を、酒と煙草が好きな、気風のいい、次のような女性に描いているから面白い。(実際にそういう女性だったとも言われているらしい。)
──   気がつけば外はもうとっぷりと暮れていて、やけに肌寒い。お栄は洟を啜りながら火を熾した。長火鉢に小さな炭を入れ、手をかざす。まだ寒くて、掻巻をひっかぶりながら酒を探した。文机の前に置いたままになっていた徳利を引き寄せ、絵皿を選んで猪口の代わりにする。
「燗にしたいが、それも面倒だからね」
 独り言を言うと、少し気が落ち着く。立て続けに三杯を干した。さらに何杯か呑むと、ようやく寒気が引いてきた。人心地がついて行灯に灯をともし、煙草盆を引き寄せる。一服ゆらせると、いつも通り旨い。ほっとした。(本書320頁)


 そして、北斎とお栄は、北斎の孫、お栄とは腹違いの姉の子供・時次郎に生涯苦労し、その尻拭いに一生借金生活をおくるという、天才絵師の葛飾北斎の家族を、実に俗的に、人間的に描いているから興味がわく。
 また、朝井まかての時代小説にぴったりの惚れ惚れする文体が、またいい。読む者のイマジネーションを刺激する。
 浮世絵の世界に興味がある人には、お勧めの一冊だ。


 ネットに、応為の代表作で本書のカバー表紙にもなっている「吉原格子先之図」がアップされていたので転載させていただく。