高橋治さんの小説 『風の盆恋歌』

◇先日、作家・高橋治さんが亡くなったことを知って、高橋さんの代表作『風の盆恋歌』を再読した。
 前に読んだのは、もうかなり昔のこと。どんなストーリーの恋物語だったのか、定かな記憶さえ残っていない。
 ただ、北陸の八尾の町に行って「風の盆」を見てみたいという思いだけは残っていた。
       


◇もう一度読んでみて、今、高橋治さんの情景描写の巧みさに引き込まれながら、一気に読み終わった感じがする。
 そして、文庫本の解説で加藤登紀子さんが書いているのだが、僕も同じような読後感を持っている。
 登紀子さんは
 「風の盆の幽玄の美ともいえる、陶酔的な美しさもくりかえし語られ、その音を耳に聞くことは出来ないけれど、かすがにどこからか聞こえているような気にさせられる。
 この小説は男と女の恋という形をとってはいるけれど、実は、風の盆を描きたといいう著者の狂おしいほどの情熱によって書かれたものだと思う。」と書いている。
 確かに、読み終わっても、中年男女の不倫物語を読んだというよりは、年に一度、八尾の町で三日間繰り広げられる「風の盆の幽玄な世界」だけが心に残っている。
 著者にとって、この恋物語は風の盆を描き切るための効果表現の素材の一つだったのではないかと思ってしまうほど、巧みな情景描写で「風の盆」が描かれているのだ。
 そんな意味で、富山県八尾で年に一度繰り広げられている「民謡越中八尾おわら風の盆」と、そこに息づく風土、それを継承している人たちを描いた名作と言えるだろう。
         
           (写真:ネットから借用)


◇小説を読んで、もうひとつ強い印象として残るのが「酔芙蓉」という花だ。
 僕は、こんな芙蓉があることを知らなかった。
 朝のうちは純白、午後には淡い紅色、夕方から夜にかけては紅色になる。
 まるで、人が酒を飲むと顔色がだんだんと赤みを帯びるのに似ていることから、この名がついたといわれている。
 小説の中で「今年は必ず参ります」というメッセージを、手紙や電話ではなく、この酔芙蓉に託して、逢い引きする八尾の家の玄関先に植えられているのだが、読み終わっても、実に印象的に残っている。
 実際に「酔芙蓉」の花を一度見たいものだと思う。
         
           (写真:ネットから借用)