小川洋子の短編集『海』は、きれいな文体の短編が7つ収録されている。
小川洋子の作品を僕はあまり読んだことがない。かなり以前に『博士の愛した数式 』を読んだくらいで、手にするのはそれ以来だ。
この短編集だって、手元に読む本がなかった年末に、「何か読んでない本はないかな」と思って、本棚を漁っていて見つけた ─(かなり以前に妻が読んで納めておいたと思われる)─ そんな本だ。
この『海』という短編集は7つの物語で構成収録されている。
どの短編も、きれいな、読みやすい文章で、こころにスーと入って、小川洋子ワールドに誘ってくれるものばかりなのだ。
僕は通勤電車の中で、気分転換も兼ねて一作品ずつ読んだのだが、どれも、読後が爽やかだし、微笑ましく、ホッとさせてくれた。
収録されているのは7編の短編なのだが、中には400字原稿用紙で2枚程度と思われる物語もある。
それは、『缶入りドロップ』という超・短編だ。
40年間、観光バスや路線バスなどバスだけを運転してきて、今は幼稚園の送迎バスを運転している男。
バスの中でも、絶えず動き回り、悪戯する子供たち。
男にとって一番困るのは「泣かれる」こと。
子供に泣かれたら、男は「さあ、泣くんじゃない。泣き止んだらドロップをあけよう。君は何味が好きかな? 苺、葡萄、桃、チョコレート、ハッカ」と聞く。
子供が「葡萄」と答えると、男はドロップの缶を振り、子どもの手に一粒転がし「ほうら、ご覧。君はいい子だから、お望みどおり葡萄が出てきた」と言う。
子供は泣き止み、頬をドロップでふくらませて微笑む。
男は、こんな魔法を使う「バスのおじちゃん」。
男は、5種類のドロップ缶を買い、中身を全部出して、缶ごとに1つの味のドロップに詰め替えて、各ポケットに忍ばせておくのだ。
このような子供との触れ合いの話にスポットをあて、著者は1つの物語として、心温かく書いているのだ。
こんな短編小説を書ける小川洋子という作家は、どんな生い立ちの女性なのだろうと興味が湧く。そして、著者の他の作品も読みたくなる。