朱川湊人著『 かたみ歌 』を読む

 今週のはじめ、書類箱を整理していたら、1冊の文庫本が出てきた。
 比較的薄い文庫本。

 「アレッ!」と思って開いてみたら朱川湊人の『かたみ歌』だった。


 そう言えば、先日、本好きの友人が暫くぶりで事務所に顔を出したときに「この直木賞作家、知ってる?」と置いていった文庫本だと思い出した。
 その時は、原田マハの松方幸次郎と松方コレクションを題材にした小説『美しき愚かものたちのタブロー』を読んでいる最中だったし、朱川湊人という作家も知らなかったので、そのままになっていた。
 『美しき愚かものたちのタブロー』のあと、『リーチ先生』『カフーを待ちわびて』と、原田マハの作品を読んで、すっかり忘れていたのだ。


 『かたみ歌』は、平成17年刊行とかれこれ15年前の作品だ。内容もちょっとレトロっぽいが300ページと薄い短編集だ。直木賞をとったという朱川湊人という作家?・・どんな物語を書くんだろう?・・・。そんなことを思いながら通勤電車の中で読み出した。

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 7つの物語からなる短編集なのだが、読み出したら、昭和40年代前後の東京下町にあるアカシア商店街が舞台というノスタルジックな、そしていずれも死者と生者との交わりを題材にしているホラー的要素がちりばめられた短編連作で、ついつい次々と読んでしまった。

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 300メートル程のアーケードが付いている「アカシア商店街」には、亡くなった妻の名前を付けたという古本屋「幸子書房」、グループサウンズのタイガースに夢中な娘が店番の「サワ屋」酒店、路地裏のスナック「かすみ草」、障害の娘の世話を夫婦でしながら営むラーメン屋「喜楽軒」、いつも西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」ばかりを流し続ける「流星堂」というレコード店などがある。
 そして、この短編集の大きなキーワードになっている、あの世とこの世が石灯籠の火袋で繫がると昔から言われている「覚智寺」という寂しいお寺がある。
 そんなアカシア商店街のお店と、その周辺に住む人々とに起こる不思議な出来事が題材だ。
 さらに物語には、懐かしい曲も随所に出てくる。「アカシアの雨がやむとき」を始め、例えば「シクラメンのかおり」、テレビドラマの「愛と死をみつめて」、タイガースの「モナリザの微笑」、大ヒットした「黒猫のタンゴ」、藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」、チューリップの「心の旅」などなど、僕の青春時代、昭和という時代に流行った歌がいっぱいちりばめられているのだ。

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 物語ひとつ一つには、あの世に行ったはずの人が幽霊となって出たり、ちょっとぞっとするような話もあれば、それがまた、温かな気持ちになる話もある。
 そんな、懐かしい昭和の時代に、人情味ある人々の織りなす人間模様に、読後は、どこにでもありそうな普遍的な小さな幸せを感じるから、不思議である。
 時間の合間に、ちょっと読書に費やすには最適の長さの短編だ。