幕末の水戸藩と歌人を描いた『恋歌』

 僕は、やっと『恋歌』という小説を、今、読み終わった。
 ひと言でいうと、時代に翻弄されながらも凛として生きた女性の凄い小説だった。
 この小説が、直木賞を受賞するまで、僕は「朝井まかて」という著者も知らなかったし、受賞作として知った『恋歌』というタイトルにも、淡い恋愛小説なのだろうというイメージだった。
 しかし、あらためて受賞作品紹介を新聞で読んで、この小説『恋歌』を読んでみたくなったのは、幕末の水戸藩の史実を忠実に描かれている歴史小説だと知ったからである。
           
 主人公は、樋口一葉の師匠である中島歌子という歌人
 江戸の裕福な商家から水戸藩士に嫁ぎ、尊王攘夷の波に翻弄されながら、壮絶な人生を歩み、のちに歌人となった中島歌子の生涯を、僕は初めて知った。
 そして、水戸藩における天狗党と諸生党の内紛の悲劇が描かれていて「尊王攘夷とは、維新とは何だったのか」を、考えさせられる小説だった。
 それにしても、このような女性がいたことに、ただただ驚きである。

     君にこそ恋しきふしは習ひつれ さらば忘るることもをしへよ

 この歌は、中島歌子の代表作である。
 古い和歌の伝統を守って詠んだこの歌は、終章に出てくるのだが、この小説を読み終わって、もう一度この歌を口ずさむと、何となく心に沁みてくるし、著者の朝井まかてが、この物語に『恋歌』というタイトルを付けたことにも納得する。
 歴史小説好きな方には、お薦めの一冊だ。