新聞を見てのおしゃべり

◇その1
 作家の村上春樹氏は、今日の朝日新聞朝刊に、尖閣諸島国有化で日中の対立が深刻化していることに憂慮するエッセーを書いている。
           

 その中に、領土問題は実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えていると述べ、
 『領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。』
 と書いている。
 僕はこの部分を読んで、村上春樹氏が言っている〝「国民感情」の領域〟という個所にうなずいてしまった。
      
 なぜ、うなずいたかと言えば、
 今、日中の問題だけでなく、国内の日々流されているニュース、原発事故で発生した放射能廃棄物の最終処分場の問題、大震災で発生したガレキの焼却処分の問題などなど、この「感情の領域」に入ってしまって、国と自治体は解決の糸口を見出せていないことに気付く。
 ことが「感情の領域」に入ってしまうと、一見正論とも思える建前論だけがむなしく空転するのだ。
 それは、日常の生活の中の夫婦間でも、隣人同士でも、ちょっとした問題で、それは起こることを僕たちは経験しているはずなのに、自治体レベルでも、国家レベルでも、それをして、ことが大きくなっている。
 「感情の領域」から離れて、最善の方法を見つけなければならないと、きっと誰でも思っているのに、繰り返してしまう。
 そんな人間の性(さが)に、何とかならないのだろうかと、憂鬱になる。


◇その2
 総務省の発表によると、我が故郷・福島県の今年3月〜8月期の人口移動は、転出超過が全国最多で、11,552人だと言う。
 事故直後だった前年同期の約25,000人よりは減っているというが、福島県からの人口流出は高水準だと報じている。
 先日、帰省した時に聞いた「この地域でも、子どもが2人いた若夫婦が実家に行ったまま戻ってこない」という話題を改めて思い出してしまった。
 原発事故の福島原発から80Km離れた所でさえ、そうなのだから、この数字にもうなずける。
 こんな故郷の記事に触れると、本当に憂鬱になる。