三浦しをん著『仏果を得ず』を読む

 一週間ほど前のブログに、僕がこの本を読みたいと思った動機を次のように書いた。
(1)今まで僕の期待を裏切らない三浦しをんが著者だということ。
(2)さらに「仏果を得ず」というタイトルはどういう意味なんだろう?
(3)題材になっている文楽は、江戸時代に人形芝居と三味線と浄瑠璃が結びついて誕生した人形劇。僕の知らないそんな文楽の世界を、三浦しをんならきっと分かりやすく、詳細に書いているに違いないという期待。
(4)そして、三浦しをんが描く生き生きとした登場人物に、きっと出会えて元気をいただけるに違いない。
            

 読み終わっての感想を一口で言ったら、これら僕が期待したことは、ほぼ完璧に満たしてくれたということ。
 若い義太夫文楽の修行を通して、芸事に悩み、恋に悩みながらも成長していく姿を描く青春小説なのだが、8話からなる連作短編的各章は、文楽の名作を取り上げ、文楽作品の登場人物の行動と、主人公の実生活や心境と微妙に重なり合って、文楽作品などほとんど無知な僕でも、文楽作品の中味が分かる仕掛になっている。
 このあたりは、さすが三浦しをんだと感心する。
            

 主人公は笹本健大夫という修行中の青年なのだが、文楽の家系に生まれたのではなく、高校を卒業して研修所に入り、文楽という芸事に悩みながら打ち込んでいく。
 そして、芸事上達を最優先にしながら、私生活での恋に悩みながら、大夫として、一人の人間としても成長していくのだ。
 読んでいて、この若者を、読者を超えた感情で、応援したくなるから不思議だ。
 さらに、三浦しをんの小説は、登場人物が生き生きと描かれているところが魅力なのだが、本書でも人間くさくて魅力ある一癖も二癖もある人物たちがたくさん出てくる。
 その登場人物たちは個性豊かな生活ぶりなのだが、さらに、さりげなく含蓄のある言葉を言わせ、芸事一筋の人間に彩りを添える。
 そして、それら人物達の人間模様から、古典芸能としての文楽の世界が理解でき、その世界に引き込まれて、僕は一度、文楽を実際に観に行きたくなってしまった。
 蛇足になるが、何と言っても笑ってしまうのは、
 徒弟制度の芸事に打ち込むお金がない主人公は、お寺の息子でラブホテル管理人という友人の好意で、ホテル内の一室に住み込んでいるのだ。
 忙しいときには掃除も手伝い、ホテルの一室で夜ごと浄瑠璃語りの練習をする主人公。
 物語のこんな舞台設定は、三浦しをんだからこそ思いつくことかも知れない。