『文芸春秋』の「日本の自殺」を読む

 今月号の月刊誌『文芸春秋』は、直木賞を受賞した田中慎弥氏の『共食い』だけを読んで4、5日、机の片隅に置いたままだった。
 昨日、帰宅の前に、電車の中で読もうかと気づいてカバンに入れる。
 通勤の電車の中で、改めて開いて気づいたのだが、今月号のトップ記事は37年前の同誌に掲載した論文「日本の自殺」の再掲載である。
   
 タイトルには、〝予言の書「日本の自殺」再考〟とあり、
 リードには、〝1975年、小誌にある論文が掲載された。それは高度経済成長を遂げ、繁栄を謳歌する日本に迫る内部破壊の危機に警告をならすものだった。それから37年、朝日新聞若宮啓文主筆が1月10日付朝刊の1面で、この論文に注目し、「日本の自殺」がかってなく現実味を帯びて感じられると記した。今なお「予言」の響きを失わない論文をここに再掲載する。〟とあった。
 37年前の「日本の自殺」論文も知らなかったし、1月10日付朝日新聞での記事も見落としていたので「へぇ〜、何で今さら再掲載なのかなぁ」と思いつつ読んでみた。
 内容は、なかなか読み応えのあるものだった。
 日本の現状を、かつて栄華を誇った古代ギリシャローマ帝国の衰退と没落と同じ道を歩いているという視点で書かれている。
 そして「ほとんどすべての事例において、文明の没落は社会の衰弱と内部崩壊を通じての『自殺』だった」と論じている。
 「人間社会の出来事に、なんらのマイナスを伴わない絶対的プラスというものはあり得ない」と、我々が求めてきた豊かさや便利さの弊害が、今の社会に顕著に現れていると論じ危惧している。
 37年前に書かれた論文とは思えない、あたかも今の日本の社会状況を指摘している内容なのだ。
 高度情報化がもたらす思考力や判断力の衰弱と幼稚化傾向、根拠が乏しい情報氾濫による集団ヒステリーなどの指摘にも、僕は共感を覚えた。
 『文藝春秋』と『朝日新聞』が、今ここで取り上げるだけの、一読の価値がある論文であることは確かだと思った。


◇子育地蔵尊にも合格祈願の絵馬がいっぱい
        
 高田馬場から早稲田大学に向かって歩く途中の西早稲田商店街に「子育地蔵尊」がある。
 その前を通りかかったら、もう夜なのに親子が手を合わせていた。
 横には「合格祈願」の絵馬がいっぱい下がっている。
 今日、案内所で昼ご飯を食べながら「都立高校の受験日が来週だって知って、一年前(我が子が受験したこと)を思い出すわ」と、カヨコさんが言っていたのを思い出し、シャッターを押した。