奥野克巳著『ひっくり返す人類学――生きづらさの「そもそも」を問う』を読む

 先日、知人から薦められた筑摩書房の新書だ。
 表紙裏には──常識をひっくり返して「そもそも」を問う思考法には、問題を定義し直し、より本質的な議論に導く力があります。学校教育や貧富の格差、心の病など、身近で大きな社会・環境危機に人類学で立ち向かう一冊。──と書かれている。

    

 著者は序章で「戦争は21世紀になった今日でも耐えることなく続いています。いったい人間はなぜこんなにも戦争を必要するのでしょうか?」という問いを投げかけ、人類学は「精神の危機」によって生まれたと解説して『ひっくり返す人類学』と論を進めている。

 今でも地球上に存在して営みを続けいている狩猟採集民族などと人類学的フィードワークで生活を共にし、そこで得られた彼らの知恵を事例に考察しながら、私達の「当たり前」を考え直そう、私達が抱えている課題や困難を、その根源にまで立ち返って検討しようと提唱している。
 まさに、私達に身についている常識や観念を、零位にたち返って『本当はどうか?』と問い、私達の暮らしている現代社会の問題を解決しようとする書籍なのである。
 本書で考察している章立ての展開は次の様な内容。
 第1章 学校や教育とはそもそも何なのか
 第2章 貧富の格差や権力とはそもそも何なのか
 第3章 心の病や死とはそもそも何なのか
 第4章 自然や人間とはそもそも何なのか

 第1章の「学校や教育とはそもそも何なのか」では、「教える側」と「教えられる側」が意識の中で存在していない社会に目を向けて、教育とは、学ぶとは、覚えるとは、そもそもどういうことなのかを考察。
 第2章の「貧富の格差や権力とはそもそも何なのか」では、現代社会において解決できずますます拡大し複雑化する「貧富の格差」と「権力の集中」の問題を取り上げ、「無所有の原理」(モノや財だけでなく、知識も技能も個人によって所有されるものでなく共有物)に支えられて、理念的に平等主義的な社会が存在していることを提示している。
 第3章の「心の病や死とはそもそも何なのか」では、現代日本で増え続ける心の病と、高齢化で死者が増える中、いま大きく変わりつつある私達の「死」についての意識の変化と葬儀を取り上げている。
 第4章の「自然や人間とはそもそも何なのか」では、私達が動物や自然を人間から切り離して見ている点に視点をあて、動物や山や川などの「自然」と人間の関係について考えて、世界では人間を自然から隔てるような考え方がそれほど当たり前ではないことを指摘している。

 

 「当たり前」と思って生活していることが、「本当はどうか?」と立ち止まることが、いかに大切かを教えられた書籍だった。