河崎秋子著『肉弾』と『締め殺しの樹』を読む

 『ともぐい』直木賞を受賞した北海道の別海町出身の作家・河崎秋子さん。「この作家は、他にどの様な作品を・・・」と興味を持って、短編・中編を収録した文庫本『土に贖(あがな)う』『鯨の岬』を読んだことは、前にブログに書いた。


 作家の松井今朝子さんが『土に購う』の解説で、「河崎さんの強みは、厳しい自然と対峙し、文字通り地に足のついた生業で培われた、 羨ましいほどにタフな心身の生みだす、現代では実に稀な逞しくもおさおさしい筆力であろう」と述べているのに同感して、今回、ブックオフで探して読んだのが、2017年に刊行した『肉弾』と、前回、直木賞候補になった『締め殺しの樹』だ。

     

 今回も「河崎秋子さんは、どうしてこんなタイトルを付けるのだろう」と思いながら読み始めたのだが、2作品とも、圧倒的なリアリティと筆力ある描写に圧倒されて、物語の展開に惹き込まれてしまった。

 『肉弾』の時代背景は、現代。引きこもりの生活していた無気力な青年が、父親に連れられて熊を仕留めに北海道の森に入り、そこでの命のやり取りを通じて、生きるという自己を回復させていくというテーマ。

 『締め殺しの樹』は2部構成。
 第一部は、昭和初期、天涯孤独の少女が根室の遠縁に引き取られ、そこでの過酷な仕打ちに耐えながらも育ち、札幌に出て保健婦として独り立ちし、再び根室に戻って、そこでの閉鎖的な農社会のしがらみの中で、そこで生活する人達に役立ちたいと精一杯生きる女性の物語。
 そして第二部は、その女性を実母としながら、女性が辛苦を耐えて育った同じ農家に養子として貰われ育ち、札幌の北大で学びながら間接的に思いもよらない実母の生き様を知り、葛藤しながら自分の生き方を見いだすといった内容だ。
 タイトルの「絞め殺しの樹」の意味が、実は菩提樹だというのが物語の後半の展開で少しずつ気付き、読後に納得する。
 ちなみに日本で菩提樹と呼ばれるのはシナノキ科のボダイジュで、インドではクワ科イチジク属のインドボダイジュを「菩提樹」と言うらしい。この蔓性の植物は、他の木に絡みついて、絞めつけながら栄養を奪い、その木を枯れさせることから別名が「シメゴロシノキ」と言われるのだ。
 人と人、それぞれの価値観と思惑と、そこから生まれる振る舞いが、絡み合いながら、締めあいながら、お互い影響しあいながら、それでも生きねばならない。そんな、どんな中でも必死で生き続ける人間の性(さが)というか、業(ぎょう)を描いているのだ。

 それにしても、重い、重いテーマをここまで掘り下げ、一気読みに近い読み方にさせる筆力は凄い作家だと思う。
 もう少し、河崎秋子の世界に触れたくなって、三浦綾子文学賞を受賞した『颶風(ぐふう)の王』を探している。