やっと読み終わった澤田瞳子著『 輝山(きざん)』

 澤田瞳子さんの作品は、豊富な語彙を駆使した重厚感のある小説である。
 「第165回直木賞(『星落ちて、なお』)を受賞した澤田瞳子氏の受賞第一作となる最新刊『輝山(きざん)』が発売」という新聞書籍広告を見て「今度はどんな物語だろうか」と興味を持って読んだのが、この『 輝山 』だ。

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 澤田瞳子さんの作品を僕が読んだのは、5~6年前に読んだ若冲と、直木賞を受賞した『 星落ちて、なお 』の2作品だけである。
 若冲は、緻密な構図や大胆な題材、鮮麗で、奇抜な構図の作品を世に送り出した、 江戸時代中期の天才絵師・伊藤若冲の素顔にスポットを当てた物語。
 『 星落ちて、なお 』は、鬼才と言われた絵師・河鍋暁斎を父に持った娘の河鍋暁翠の、父の影に翻弄されながら、明治・大正の激動の時代を生き抜いた女絵師の一代記。
 今回の新刊『 輝山 』は、2007年に世界遺産に登録された「石見銀山」を舞台にした物語だった。

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 時は江戸後期。
 主人公の金吾は、地方役人の中でももっとも身分の低い関東代官所の江戸陣屋で渡り奉公を重ねる小者役人。出世を餌に、石見国大森銀山の代官所の中間として、代官・岩田鍬三郎の身辺を探るために送り出された。
 大森代官所の中間として働きながら、代官の行政に落ち度はないかと日々探っているが、何も見つからない。金吾が銀山で働く人々と接すれば接するほど、そこで感じ分かるのは、銀山を支えるために命がけで懸命に生きる人々の心情と、彼らを慈悲深く見守る代官の姿。
 例えば、命の危険にさらされながら間歩(まぶ・坑道)の中で鉱石を採掘する掘子などは、間歩内の毒気(ガス)や湿気、灯りとして使う螺灯(らとう)の油煙、粉塵などが原因で「気絶(きだえ)」を発病して40歳まで生きられる男は皆無と言われている。
 それを知りながら、それまでの短い生涯を、仲間たちと懸命に生き、銀山を支えている人間の日々の暮らしに、金吾は代官・岩田鍬三郎の失脚のための密偵の使命を忘れ、銀山で働く彼らに魅され、心惹かれてしまう。 
 そして「多くの堀子の命を得てなおそびえ立つ仙ノ山(石見銀山の鉱山名)。その山深くから切り出される銀の輝きは、もしかしたらこの地に生きる者たちの命の輝きそのものではないか」と気付くのだ。

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 著者の澤田瞳子さんは、この『 輝山 』で日本最大の銀山・石見銀山を支えた名もなき人々を温かい眼差しで丹念に描きながら、江戸時代の官僚達の陰謀に翻弄されながらも、真っ当に生きようとする主人公・金吾の人間的成長の心温まる物語としても描いている。