浅井まかて著・文庫『阿蘭陀西鶴(おらんださいかく)』を読む

 この小説は、今年の初めから読み出して、先日のモンゴル出張帰りの機内で読み終わった。


 この小説の著者・浅井まかての作品は、直木賞を受賞した小説、歌人・中島歌子の生涯を描いた『恋歌(れんか)』と、葛飾北斎の娘で天才女絵師・葛飾応為の生涯を描いた『眩(くらら)』を読んでいる。
 両作品共に、波瀾万丈の生涯を、人間性豊かに、個性的に、そして魅力的に描かれていて感動した作品だった。
 今回、文庫化された『阿蘭陀西鶴(おらんださいかく)』は、江戸時代に『好色一代男』『世間胸算用』などを世に残した、約300年前のベストセラー作家・井原西鶴の物語である。
        
 井原西鶴は、松尾芭蕉近松門左衛門と同時代を生きた俳諧師である。
 俳諧師としては、一昼夜に多数の句を吟ずる矢数俳諧を創始し、23500句を休みなく発する興行を打って世間を驚かせたりし、その異端ぶりから「阿蘭陀流」とも呼ばれた。
 若くして妻を亡くし、3人の子供のうち、下の男の子2人は養子に出すが、長女の盲目の娘と2人で大坂に暮らしながら、俳諧師でありながら、今でいう大衆小説的ジャンルの新たな文学形式「浮世草子」を生みだし、一世を風靡する。
 その井原西鶴の生涯を、盲目の娘・おあいの語りで書かれているのだ。

 盲目の娘・おあいは、幼い頃より母親に家事を仕込まれ、料理も裁縫も人並み以上の腕前で、西鶴の客を美味しい料理でもて成す。
 声と気配で相手を覚え、自分の歩数で部屋の隅々まで覚え、日差しの当たり方で方向を感じて街を歩き、店先の臭いを頼りに買い物もする。
 そんな娘を通しての西鶴は、全身全霊をこめて創作に打ち込む、功名心旺盛な創作者なのである。
 江戸時代の井原西鶴が、現代のエンタメ作家そのものの姿で描かれているのが面白い。
 浅井まかては、西鶴とおあい親子の不器用な愛情のやり取り、西鶴を取り巻く人々の様々な人間模様、その時代の出版界の思惑とそれをはね除けるほどの旺盛な創作者としての人間・西鶴を、見事に描き上げている作品だ。