芥川賞受賞『火花』を読む

 芥川受賞作品として文藝春秋に掲載されている又吉直樹著『火花』を読んだ。
 この単行本は、増刷に次ぐ増刷で累計209万部を突破し、空前絶後のブームとなっていると、先週ニュースで報じていた。
 作者がお笑い芸人という異色の芥川賞作家ということもあって、話題になっているのだろうと読み出したのだが、僕にとっては最近の芥川賞受賞作品にしては、すんなりと読めたし、なかなか読み応えがある小説だった。
         
 芸人を目指して、笑いとは何かを模索しながら、その日その日を生きていく、若き日の苦悩と葛藤、そして先輩芸人と師弟関係と言う意識を持ちながら、尊敬と友情のような絆を育んでいく過程を描いた青春小説だ。
 最近のテレビ番組が面白くないのは、「制作費をケチって、安いギャラの芸人をスタジオに集めて作るバラエティー番組が増えたからだ。それも各局とも同様だ。」と、先日、知人とコーヒーを飲みながら話したばかりだったので、その若手芸人達を思い浮かべながら、僕は読んでしまった。

 一握りの売れっ子芸人を目指して、青春の一時期を純粋に生きる姿が、小説の後半になって心に迫ってくる。
 そして、このタイトルの「火花」というモチーフが浮かび上げってくる。
 火花のように光り輝いた青春の1ページ。それは一生懸命生きた証であっても、いつか未練を残しながら終止符が打たれる。
 そんな心情を、中学時代から太宰治芥川龍之介をはじめとした小説を2000冊以上読んだという著者・又吉直樹さんの筆力は次の様に表現する。
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 そして、薄々気づいてはいたが、僕達の仕事も徐々に減っていた。かつて僕を恐れさせ、成長させてくれた後輩達も新たな人生を歩み出していた。僕達の永遠とも思えるほどの救い様のない日々は決して、ただの馬鹿騒ぎなんかではなかったと断言できる。僕達はきちんと恐怖を感じていた。親が年を重ねることを、恋人が年を重ねることを、全てが間に合わなくなることを、心底恐れていた。自らの意思で夢を終わらせることを、本気で恐れていた。全員が他人のように感じる夜が何度もあった。
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 僕は、テレビのお笑い番組に出演している若手芸人を見る目が、これから変わるかも知れない。
 どんな世界であろうと、自分の可能性を信じて、夢を託した青春の1ページには、苦悩と葛藤で眠れない夜が存在していたことを、思い出させてくれる小説だった。