実に面白い本だった。
脳の神経細胞の仕組みや性質が、分かりやすく語られ、読んでいて、「もう、僕も年だな」って、最近ついつい思っていたことを、ことごとく否定されて、元気をもらった本だった。
だって、「何歳になっても海馬の神経細胞は増えている」というのだから、これほど嬉しい言葉はない。
この本は、脳科学者の池谷裕二さんと、コピーライターの糸井重里さんの対談本なのだが、2002年に刊行されたものを2005年に文庫化したものだ。
糸井重里さんは有名な方なので紹介を省いて、池谷裕二さんにちょっと触れると、この時は池谷さんが31歳の時の対談だ。
池谷さんが自分を語っている箇所があるのだが、池谷さんは「今でも九九はできない」と言う。九九を暗記できなかったらしい。
記憶には、物事をまるごと覚える「暗記メモリ」と、それに対して、経験や方法を記憶する「経験メモリ」があるのだと言う。経験から身についたものは体の方が覚えて忘れにくい。この「経験メモリ」で、それを自在に組み合わせることができることを本当は「頭がいい」というのだと言う。
池谷さんは、それで9かける8を計算するとき、「90から9を2回引く」という方法をとるのだそうだ。「数を10倍することと、2倍すること、それに半分にすることの3つだけで九九の計算は全部できる」と言う。
こんな脳科学者にまず興味と親しみを覚えてしまった。
各章の最後に、対談でポイントとなったことをまとめて記しているので、それも拾いながら、面白く、そして納得してしまったことを、僕の理解と感想を入れながら、時間が許す範囲で以下に列記すると、
◇「年を取ったからもの忘れをする」は科学的には間違い。
生きることに慣れてしまって、マンネリ化した気になってモノを見ているから、驚きや刺激が減ってしまう。老化を気にするよりも「子どものような新鮮な視点で世界を見られるか」を意識することのほうが、ずっと大切。
◇脳の本質は、ものとものとを結びつけること。
脳の神経細胞はそれぞれがコミュニケーションを密に取っている。人間の社会も脳も、個人や神経細胞どうしの相互関係があって機能を表す。ものとものとを結びつけて新しい情報をつくっていくことが、脳のはたらきの基本。脳は、毎日出会っている新しい情報がどういうものなのかを分類し、何かを解決したい場合には、まったく関係のないように見える情報どうしをとっさに結びつける。
◇昆虫にもネズミにも神経細胞はある。
人間はその神経細胞と神経細胞のコミュニケーションが密であり、おりなす社会が違うのだ。
◇30歳を過ぎてから頭はよくなる。
あらゆる発見やクリエイティブのもとである「あるものとあるものとの間に繋がりを感じる能力」は30歳を超えた時から飛躍的に伸びる。
◇考えが煮詰まった時に人は「脳が疲れた」と言うが、脳は疲れない。
実際は、疲れているのは「目」だったり、同じ姿勢だから。脳はいつも元気いっぱい。寝ている間も脳は動き続ける。一生使い続けても疲れない。
◇脳は、見たいものしか見ない。
脳は自分が混乱しないようにものを見たがる。非常に主観的で不自由な性質を持っている。
◇脳は、分からないことがあるとウソをつく。
脳は理不尽なことが起きると最も合理的な方法で判断する。自我を保とうとして、何気ない会話でも、知らないうちにウソをついてしまうらしい。そんな事あるなって、自分にも人にも思う。
◇脳の神経細胞は、1秒にひとつくらいの猛スピードで減る一方というのが常識。
しかし、脳の中で情報の選別を担当する海馬の神経細胞は成人を超えても増えることが判明したらしい。そして、安定したがる脳だが、刺激のある環境が脳を鍛えるという。
◇「やり始めないと、やる気はでない」
やる気を生みだすのは脳の側坐核。側坐核の神経細胞は刺激を与えないと活動しない。だから「やる気がない場合でも、やり始めるしかない」。やっているうちに神経細胞が自己興奮して集中力が高まってくる。
僕がブログを書きだす時もそうだ。「今日は書くことがない」と思っても、キーボードを打ち始めると、自然と文章が出てきて何とかなる。
◇神経細胞の繋がるガキを握っているのは受け手。
その受け手の神経細胞の磨かれ方がコミュニケーションにおいて重要。
僕たちが研鑽している「聴く態度」の大切さを、妙に納得。
◇言葉の呪い。
脳は安定化したいという性質が強いから、自分が言ったことに対しても、それに合わせようとする。
「自分はバカだ」「あの人は嫌いだ」というと、ますますその方向に向かうということのようだ。
まだまだ、メモしておきたいことがあるし、「脳の盲点」などは図を使って説明しているので、ここに記せないのが残念だ。
興味のある人は、ぜひ、一読をお薦めする。
文庫『海馬ー脳は疲れない−』(新潮文庫)は662円。ラーメン一杯の値段である。
ちなみに、僕は、もう一度最初からページをめくり直して、興味のある個所をじっくりと読み直している。