16日・今日のおしゃべり

◇残暑
 高田馬場駅前は、学生の夏休みとお盆休みで人も少ない。
 案内所で一人留守番していたが、今日は電話が一本あっただけ。夕方早めに帰宅する。
 それにしても、今日も高田馬場は猛烈な暑さだった。35℃くらいはあっただろうか。
 しかし、暦の上では立秋を過ぎ、晩夏というか秋が始まっている。
 夕方、強い陽ざしの中にも、空にはそれを感じさせる雲が現れている。
      


◇今日の新聞記事を読んで
 東京新聞の朝刊に「旧日本軍原爆開発端緒の報告書がみつかった」という記事が載っていた。
 日本でも戦時中に原爆開発をしていたという話は聞いたことがあったが、その取り組みの内容が、紙面2ページを割いて載っていた。
 当時の原子核物理の第一人者だった仁科芳雄など関係した科学者も実名で出ているし、開発を指示した陸軍関係者の名前も出てくる。
 結局は、ウラン濃縮の失敗や、必要な天然ウランは入手できずに、「ニ号研究」として進められていた原爆開発は終戦2ヵ月前に頓挫するのだが、それまでの経過が細かく読み取れる。
 そんな記事の中で、福島県の石川町という僕の生まれ故郷から20〜30Kmほどの山中で、地元の高校生(当時は私立石川中学校生徒)を150人ほど動員して、終戦までの4ヵ月ほどの期間、「君たちの掘っている石がマッチ箱一つくらいあれば、ニューヨークなどいっぺんに吹き飛んでしまうんだ。がんばってほしい。」と、ウラン採掘を試みていたことには驚きだった。
 昨年の原発事故が起こった福島第一原発から60Kmのところで、原爆開発のために藁をも掴む無謀な計画で、学生たちに過酷な労働を強いてウラン採掘がされていたという皮肉。
 記事を読みながら、僕は福島人としてだろうか、何とも心の痛みを感じてしまった。