栃木県のヤマギシの村・那須実顕地で『そば打ち』

 土曜日〜日曜日、那須実顕地で『そば打ち』をやった。
 この企画は、関東の男性会員有志で栃木県の大田原農場を舞台にやっている『ふるさとfarmづくり・農業体験』で収穫した新ソバを、みんなで味わおうと言うもの。
 多摩実顕地からは、イヌカイさん、カクコさんと僕の3人が参加。

◇土曜日
 朝9時にソバ打ちセットを車に積んで大田原農場に向かう。
 午後1時半に農場着。
 先月に刈り入れをしたソバは、トミタさんが脱穀し乾燥しておいてくれた。
 先ず、それを製粉機でソバ粉にする。
 この製粉機は、近所の農家に壊れて放置されていたものを、トミタさんがいただいてきて、洗濯機のモーターを取り付け動くように修理したものだ。
       
 多摩実顕地と岡部実顕地の年末の年越ソバに使う分も含めて、約20Kgのソバ粉ができた。
 夕方、那須実顕地に移動し、宿泊する。

◇日曜日
 朝6時半に起床し、イクセさんとラジオ体操をする。
 気温はマイナス7℃。さすが那須実顕地は寒い。ラジオ体操の後、ちょっと散歩したが冷たい空気が頬を刺すようだ。子供の頃、こんな寒さの中を学校に行った時の感覚が蘇る。
 8時から「ソバ打ち」の準備をして、8時半から開始。
       
       
 5.5Kgのソバ粉で、うどん粉とソバ粉の割合を2対8の「二八蕎麦」と、ソバ粉100%の「十割蕎麦」を打つ。
 ソバ打ちは、ソバ粉の乾燥状態と空気中の湿度が微妙に影響するらしい。ベテランのイチムラさんとシミズさんの指導のもとでやったが、なかなか難しかった。
 予定通り、11時半に終わって、女性陣が用意してくれた天ぷら(これがまた美味しかった)と一緒に新ソバを腹いっぱい味わう。
       


◇朝の散歩に、那須実顕地の脇の旧奥州街道を歩いてみる。
       
 先日読んだ『奥の細道をゆく』によると、松尾芭蕉は元禄2年3月27日(新暦1689年5月末)に、ここを通ったことになる。
 当時は、もっと細いさびしい道だったに違いない。ここを通って白河の関に向かったのだ。