作家・小沢信男さんの新刊本を読む

 京都にある出版社「編集グループSURE」から、作家・小沢信男さんの本の案内が届いた。ここからは以前に鶴見俊輔さんの『小さな理想』という本を購入したことがあって、それから時々新刊の案内が届く。
 鶴見俊輔さんの『小さな理想』には「ヤマギシ会への共感」という文章が収録されていた。
 今回の小沢信男さんの本は
小沢信男さん、あなたはどうやって食ってきましたか』というタイトルで、小沢信男さんと編集者であり評論家でもある津野海太郎さんと黒川創さんが共著となっている。
 作家として現役最長老級の今年84歳の小沢信男さんに、2人が今までの作家人生を質問し、小沢さんが語るといった構成だ。
  
 実は小沢信男さんは、ヤマギシ会の特別講習研鑽会(特講)を受けているのである。僕は三重のヤマギシの村・春日山実顕地のミサオさんから、小沢さんを紹介していただき、東京・谷中の自宅を2度ほど訪ねてお話しを伺った事がある。
 お正月にいただいた年賀状にも「モンゴルでの特講とは、楽しいニュースです。ご活躍を」と書いてくださった。
 小沢さんの書かれた本は、10年前に出された「裸の大将一代記 −山下清の見た夢−」(筑摩書房)が、私が最後に読んだ本だが、今も旺盛に創作活動を続けておられるようだ。
 確かに、小沢さんには失礼だが、派手に取り上げられるでもなく、知る人ぞ知る程度の作家は、どのように生活の糧を得ているのだろうかという疑問は僕にもあった。
 そんな事で、早速、新刊を購入して読んでみた。そこには、小沢さんの60年以上に亘る作家生活と、多彩な交友関係や人間模様が語られていて、小沢さんの人柄が納得でき、なかなか楽しく読ませていただいた。
 ヤマギシ会についてもちょっと触れていた。
−−「……いまは、そういう共同というものはなくなってきて、私有ばかりでしょ。だけど共有ってものがあるんだ。たとえばヤマギシ会よ、無所有というのはね。スターリニズムソビエトがつぶれるのはあたりまえだけど、無所有とか共有とかいうユートピア、それは考えられる。人間は可能なことを考えるんだから! 戦後のことを思えば不可能でない。私は明るく暮らしてます。あははは!」−−
 小沢さんは、以前にも何かにヤマギシ会の特講を受けた時のことを書いていたのを思い出して、僕の私製「人物スクラップ」ファイルを探してみたら、2001年8月1日付の朝日新聞夕刊の「一語一会」という欄に『だれのものでもない』という題で書かれた文章が見付かった。

−−たしか東京オリンピックのあった年だから、37年もむかしのこと、山岸会の特別講習会に私は参加した。農業を基盤とする山間の共同体に、一週間泊まり込んだのだった。洗面所の歯磨きチューブを置いた棚に、こんな小さな張り紙があった。「だれのものでもない」
 なんだいこれは。いかに無所有社会とはいえ朝からお説教かい、と反発をおぼえたが、そのうちこれが可笑(おか)しみになった。だれのものでもない歯磨きチューブから、朝ごとに必要量を消費して、口のまわりを白くしながらニヤニヤ笑えた。現にいまも、こうして思い出せば、愉快をおぼえる。あの小さな張り紙だけでも私はなつかしい里だ。(中略)
 ようやく気づいた。目から鼻へ抜けるのが理解ではないのだな。だれのものでもないとは、私有の否定だけではなくて、共有でもないのだな。(以下略)−−

 時間をみつけて、東京の下町でお寺などが多い谷中の小沢宅を、また、訪ねてみたくなった。