モンゴルの話…「蒙古」表示と「モンゴル」表示

 東京新聞23日付に「蒙古と呼ばないで ─ 漢字、野蛮なイメージ」というタイトルの記事が載っていた。

 今付き合っているモンゴルの人から、あまりその様なことは言われたことがなかったので、ちょっと興味がわき記事を読んでみた。
 「蒙古」という呼び名は、中国の漢民族が周辺民族に野蛮なイメージでつけた言葉だという。「蒙」は無知、「古」は古いの意味で、モンゴル人は「蒙古」という表記を好きでなく、使わないでという活動もしているらしい。そうか、漢民族が名付け親か、そう言えば以前に中国語講座にちょっとだけ通っていた時に、モンゴルのことをやっぱり「蒙古」と書いてmengguとピンインで書いて発音していたことを思い出した。
 私が関係しているモンゴルの人と、その様な話題にならなかったのは、内モンゴル出身者と違い、漢字教育を受けていない。みんな「日本語は発音は易しい、文法も似ているからいいけど、漢字を覚えるのが難しい」と言っている。漢字でモンゴルのことを「蒙古」と表記していても、それが野蛮なイメージと気にするほど気付いていないのかも知れない。
 NHKでも歴史番組の中では「蒙古襲来」でなく「モンゴル襲来」と言い換えているらしい。
 私の好きな歌に「蒙古放浪の歌」と言うのがある。
「♪ 心猛くも 鬼神ならず 人と生まれて 情けはあれど」で始まるこの歌を「モンゴル放浪の歌」とすると、何となく歌のイメージが崩れてしまう気がする。「♪ 波の彼方の蒙古の砂漠…」も「♪ 波の彼方のモンゴルの砂漠…」では、鼓舞する感情がこみ上げてこない。
 「蒙古放浪の歌」だけは許してもらうとして、「モンゴル料理にもないし、我々の偉大なる国を造ったチンギス・ハンの名前を、焼き肉料理に勝手に使うのは、どうしてなの?」と言う問いに、僕はこれからも戸惑ってしまうだろう。チンギス・ハンが陣中で軍勢の士気を高めるために作らせたという伝説から名前が付いた料理のようだが、それは本当なのだろうか。羊肉を常食しているのに、なぜ、モンゴルにはそれに似た料理さえもないのだろうか。野外食では当たり前になってしまった料理名を、その様に問われても……と、戸惑うのである。

(第1回モンゴル特講会場近くには、草原の高台にそびえ立つ巨大なチンギス・ハン像があった)