北方謙三著『 チンギス紀(五) 絶影 』を読む

 ユーラシア大陸に拡がる人類史上最大の帝国を築いたチンギス・ハーン
 彼の波乱に満ちたその生涯を描くという北方謙三さんならではの長編作品。
 僕は、この『 チンギス紀 』シリーズを、第一巻から刊行されたら間をおかずに読んでいる。
 今回の第5巻は先月末の刊行。早速、読んだ。

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 この巻では、意外な北方謙三さんのフィクションの展開である。
 日本ではチンギス・ハーンは、衣川の戦い(1189年)で自害したという源義経と同一人物であるという仮説、伝説があり、聞いたことがあるが、北方謙三さんは、この『 チンギス紀(五) 』の中では、中国の北宋時代の物語の舞台となっている梁山泊、そこの頭領・楊令の孫と想定して物語を展開しているのだ。
 この5巻の中で、宿敵と思っている玄翁との一対一の対決。テムジン(のちのチンギス・ハーン)は玄翁を倒す。
 その玄翁は、実は楊令の実子で、玄翁が死ぬ前に「おまえは、俺の息子だ。テムジン」「遠くない日、おまえに、ひと振りの剣が届けられる。拒むな。それを、受け取れ。我が息子よ。父殺しの、我が息子よ」と告げられ、梁山泊の頭領が持つ「吹毛剣(すいもうけん)」が、玄翁を倒した後にテムジンのもとに届けられる。
 テムジンは、母親にそれを問いただして、玄翁の子であることが事実だと言うことを知る。

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 「ええ~、こんな展開ってあり?」って思って、ネット検索したら確かに、それを予想させる記述があった。
 北方謙三さんの「大水滸伝」シリーズは17年かけ完結しているのだが、その完結したときのインタビューで、日経電子版の記述によれば次の様なことを言っているのだ。
 ──「大水滸伝」シリーズは終わったが、それに続く物語の構想もすでに抱いている。「岳飛伝」最終巻で楊令の遺児で兀朮(ウジュ)の養子、胡土児(コトジ)は蒙古へと向かう。手に持つのは吹毛剣。「彼がテムジン(チンギス・ハーン)の父親となっても不思議はない」と北方は笑う。 ──

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 この意外なチンギス・ハーン出生フィクション。北方謙三さんならではの豊かなイマジネーションが生んだ物語の展開だ。
 そして、北方謙三さんの豊かなイマジネーションは、モンゴルの自然をこのように描き表現しているのも僕は好きだ。
(草原での夜の描写)
 ──仰むけに寝ると、黒い雲が走っているのが見えた。それは、生きものが疾(はし)る姿のように思えた。疾りながら、星を食らい尽していく。おい、星はうまいか。声をかけそうになった。──