昨夜のオンライン「男たちのZOOM交流研鑽会」の話題

 毎月第3金曜日の夜7:30~9:00で、オンラインで「男たちのZOOM交流研鑽会」をやっている。昨夜はその日だった。
 これは、コロナ禍以前は、関東地域の男性有志で高田馬場の案内所に集まって、他業種交流的に7~8人で毎月1回定例でやっていたのだが、昨年初めからは、コロナ感染防止から寄ることが出来ずに、オンラインでZoomを使って開催している。
 オンラインだから、現在は関東だけでなく全国から参加している。
 昨夜も佐賀県滋賀県奈良県静岡県、石川県、栃木県からの参加があり、首都圏からの参加者と合わせて11名の交流研鑽会だった。

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 今回初参加の奈良県のカワイさんの近況を聞いたり、コロナ感染者数の急激な減少とか、介護の問題とか、それぞれが最近感じていることを出し合った後、東京のオオタさんが「今日、こんなことがあって・・・」と出してくれた事例に、オオタさんのその時の行動についていろいろな意見が出て研鑽になり面白かった。

 ことの経過は、西武線小川駅での出来事。
 オオタさんは本を読みながら大勢の高校生と一緒にホームで電車待ち。
 周りの高校生が「タバコ臭い!」とささやき出す。
 オオタさんもタバコの匂いが気になり出す。
 ホームの先の方で、一人の青年がタバコを吸っていた。
 オオタさんの身体は、無意識のうちに青年のいる場所に近づき、青年に「タバコはダメだよ!」という言葉が出る。
 「なんでダメなの?」と青年。
 「ダメなことはダメなんだ!」とオオタさん。
 その言葉は、中学生時代に先生が使っていた言葉。ダメな理由などあれこれ言わず「ダメなものはダメ!」とオオタさんの口から、それが出た。
 青年は、タバコを消して渋々立ち去る。
 咄嗟に、そのような行動になったこと、そのような言葉が出たことに、自分でも驚く。
 その時になって、急に青年から仕返しがあるかもと不安も感じながら、その場を離れた。
 家に帰ったら「上野駅の構内で2人が刃物で刺され、けがをした。」とニュースで知った。妻も「何もなくてよかったね」と。自分も何もなかったことに胸を撫で下ろす。 
 要約するとこんな経過のオオタさんの行動。

 

 知らない青年が気になることをやっていても、関わりたくない、面倒なことに巻き添えたくないと、見て見ぬ振りをしたり、傍観者になる人が多い。
 オオタさんは「どうして無意識のうちに、自分はあのような行動に出たのだろう」と自分でも不思議がる。「正義感からやったのでもない。相手を非難しようという意識もなかった。」と言う。
 そのオオタさんの行動についていろいろ意見が出た。
 「大人として、人間として、見過ごすことが出来ない場面で、行動に移せる」人は、その人の内部に、人間として「もっとも大切なもの」が何かあるのではないか。「日頃の生き方」に繋がっているのではないか、等々。

「自分ならどうしただろうか」と自分に引き付けて考えた一時だった。

 

 ZOOM交流研鑽会が終わった後、僕は1ヵ月ほど前に朝日新聞朝刊の「折々のことば」で、哲学者の鷲田清一さんが紹介していた古代哲学者・アリストテレスの言葉を思い出した。

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 この言葉に繋がる大切な生き方があるのではないか・・・・。