文庫・門井慶喜著『かまさん』を読む

 この小説、単行本では『かまさん』のタイトルだけのようだが、文庫ではサブタイトルに榎本武揚と函館共和国」と付いている。
 僕は、どちらかというと、そのサブタイトルに惹かれて読んでみようと思った。
         
 先日も、ある居酒屋談義で歴史の話になったときに「どうして、僕らが歴史を学んだときに、先生は近代史に触れなかったんだろう。縄文時代弥生時代は長々と教えてくれたのに、近代史はサラッと触れて3学期時間切れだった。」と話題になった。
 そこにいた3人が3人とも、そんな記憶が残っていた。
 それが、単なる教育時間的尻切れトンボなのか、それとも教師の勉強不足による回避だったのか、僕たちは、それを憶測して盛り上がった。
 そんなことで、榎本武揚にしても、彼が作ろうとした函館共和国にしても、僕は詳しく知らなかった。
 それを知りたくて、この文庫を読んだといっても過言でない。
 この『かまさん』は、榎本釜次郎(のちの武揚)が、大政奉還後に、旧幕臣などを中心に兵をまとめて、旧幕府海軍の軍艦で蝦夷地(北海道)へわたり、箱館に共和国を作ろうとし、薩長を主体とした新政府と戦った「箱館戦争」で敗れるまでを描いた物語である。
 そんな内容なので、僕の知的興味を十分に刺激する物語だった。

 旗本出身であり、幕末に長崎の海軍伝習所で学び、築地の海軍操練所で教授をつとめ、3年半をオランダで軍事知識や船舶、国際法に関することなど、さまざまなことを学び、当時、幕府が発注した最強の軍艦『開陽』とともに、日本に帰国した榎本釜次郎。
 江戸城無血開城という決断がなされようとしている時、彼は、「江戸幕府にも京都朝廷にもつくれないだろう正真正銘の共和国を、蝦夷地に建設してやるんだ。そうして、その蝦夷共和国で、地球の七つの海を支配してやる」という、壮大な描きの新国家建設を目指す。
 実に、ワクワクしながら読み進めることができた。
 
 そして、
 榎本武揚がいう「共和国」とは、どんなものであったか。
 なぜ、それを作ろうと蝦夷地(北海道)へ向かったのか。
 函館戦争の実態と、その敗北という挫折を、なぜしたのか。
 さらに、
 新政府に最後まで抵抗した榎本が、その後、どうして明治新政府の中で要職に重用されたのか。
 著者である門井慶喜の推理の部分も多々あるとは思うが、実に分かり易く物語として描いている。
 物語の中には、親友として勝海舟や、函館で共に戦う土方歳三も出てくるが、「人間・榎本武揚」を国際的知識を備えた魅力的人物として描いた歴史小説であることは間違いない。
 ちなみに、著者の「慶喜」というのは本名らしく、徳川幕府の最後の第15代将軍「徳川慶喜」と、同じ名前を父親が付けたというのにも興味が湧く。評価まちまちな慶喜将軍を、どのようにみて子供の名前に付けたのだろうかと考えると、これも面白い。