「新宿歴史博物館」に行く

◇「高須四兄弟」展
 新宿区四谷にある新宿歴史博物館で、『高須四兄弟 新宿・荒木町に生まれた幕末維新』特別展を開催している。
 新宿区ニュースで開催を知って行こうと思っていたのだが、なかなか出かけられず、24日までなので慌てて出かけた。
           
 幕末や維新の小説を読んでいると、この「高須四兄弟」が、激動の中で、それぞれの立場で敵味方になっているのが気になっていたし、その中の1人、松平容保にいたっては、どうしてあそこまで新政府軍に徹底抗戦できたのか、福島県人として身びいき的かもしれない誇りもあり、興味あることなのだ。
 博物館に入るとこの写真が展示してあった。
       
 左から松平定敬(さだあき)、松平容保(かたもり)、一橋茂栄(もちはる)、徳川慶勝(よしかつ)である。
 この写真は、明治11年9月に撮ったものらしいが、4人はどんな心境で、この写真に納まったのかと想像が膨らむ。
 摂津守を名乗った美濃国高須藩松平家3万石は、尾張徳川家の分家で、尾張藩支藩として、現在の新宿区荒木町に江戸上屋敷を、西新宿に下屋敷があった。
 第十代藩主・松平義建(よしたつ)の子として、幕末に上屋敷で生まれた兄弟のうち、二男の慶勝は御三家筆頭の尾張徳川家、五男の茂栄は御三卿一橋徳川家、七男の容保は会津松平家、八男の定敬は桑名松平家と、それぞれ他家への養子となった。
 本家尾張藩を継ぎ、明治新政府側に与した徳川慶勝
 徳川家を代表して明治政府と交渉する立場だった御三卿の一橋茂栄。
 新政府軍に徹底抗戦した会津藩松平容保と、桑名藩松平定敬

 激動の時代を、波乱に満ちで生きなければならなかった4人。
 それぞれの人柄を想像しながら、展示してある資料を見た。


内藤新宿の街並み
 歴史博物館の常設展示に、江戸時代の内藤新宿の模型が展示してあった。
      
      
 甲州街道にあった内藤新宿は、日本橋から高井戸宿との間の距離が遠く、旅人が不便であることから、元禄11年に開設されたらしい。
 そうか、だから「新宿」なのだと気付く。
 


◇民俗芸能大会
 日本青年館前を通ったら「全国民族芸能大会」をやっていた。
              
 「入場無料」とあったので、ちょっと覗いてみる。
 ちょうど演じていたのは「駒ケ嶽神社の太々神楽」だった。
      
           
      

 中世期の修行者は神楽の舞自体を修行に取り込んで、より激しい舞を修練として伝承したと、解説がされていた。 


◇晩秋のPhoto
 多摩実顕地から近い遊歩道・尾根緑道の秋。