河崎秋子著・文庫『颶風(ぐふう)の王』を読む

 『ともぐい』直木賞を受賞した北海道の別海町出身の作家・河崎秋子さんに興味を持って、短編・中編を収録した文庫『土に贖(あがな)う』新田次郎文学賞を受賞)と、文庫『鯨の岬』(ここに収録の「東陬(とうすう)遺事」で北海道新聞文学賞を受賞)を読み、さらに、『肉弾』大藪春彦賞を受賞)と、前回の直木賞候補になった『締め殺しの樹』を読み、今回は三浦綾子文学賞を受賞した『颶風(ぐふう)の王』を読んだ。

     

 妻から「どうしたの? 河崎秋子にそんなにハマって・・・?」と言われたのだが、一人の作家の作品を、こんなに続けざまに読むことは僕にとって初めてだ。それも、ここ何日かはTVドラマやニュースも観ないで、夜の許す時間のほとんどを、これに費やしての一気読みの感じ。


 作家の松井今朝子さんは『土に購う』の解説で、「河崎作品は観念に先立って、圧倒的なリアリティを有する筆致の描写が緊密に結びつくことで、現実の厳しさや凄まじさを再現しながら、そこに打ち勝つ本源的な生命力を蘇らせる小説だ」と書いていたが、今回読んだ『颶風の王』も、まさにその通りだった。

 時代設定は、明治の東北の村から平成の北海道まで、6世代・150年に渡る馬と生きた家族の物語なのである。


 第一章は明治期の東北。許されぬ仲の妊婦ミネ(庄屋の娘)と吉治(小作農)が駆け落ち。吉治は殺され、ミネは吉治が育てた牡馬アオと逃げる途中、雪洞に閉じ込められ、餓死寸前の状態で正気を失ったミネは、脚を折って死んでいくアオの肉を食べ生きながらえ発見、救出される物語。生まれた捨造は小作農夫妻に育てられ、アオの孫にあたる馬と共に「開拓民募集」の新聞記事にひかれて北海道に渡る。


 第二章は昭和の戦後。根室半島の海辺の地で馬の飼育を生業に暮らす捨造家族の物語。戦争で息子を失った捨造は、孫の和子に馬の飼育の技を教え、アオの血を引く馬ワカの飼育をまかせる。成長した牡馬ワカは、無人島に昆布漁に駆り出されたのだが、台風で崖崩れが起こり、他の馬たちとともに島に取り残されるが、捨造と和子はなすすべもなく馬の救出を諦める。この災難で一家は馬の半数を失い暮らしが成り立たず、馬の飼育から離れて、和子の母方の小豆農家の実家近くの十勝平野に移り住む。


 第三章は平成。和子の孫、大学生のひかりの物語。りかりはシングルマザーの母に代わって祖母和子に育てられるのだが、島の馬の話をよく聞かされながら育つ。その祖母和子が脳卒中で倒れる。一週間後に昏睡から覚めた和子は朦朧としている中でも、島に置き去りにしてしまった馬を口走る。ひかりは病床の和子のために島にいる馬を解放することを思い立ち、大学の馬研究会の力を借りて、根室無人島で野生馬として生き残った最後の一頭と対峙すが、それは救うべき存在など微塵もない、生きるべくして生きている姿であることを覚知する。           
 
 このような物語の展開なのだが、自然と人間の関係、人間の及ばぬ世界が存在する自然の厳しさ、そして、生きるとはどんなことなのかをテーマに、時代背景、自然の厳しさ、それらに翻弄される中で、物語の随所で追及している。まさに河崎秋子のワールド満載の作品で読み応えある。

 ここでちょっと、『鯨の岬』と『颶風の王』の文庫版の解説で、作家の桜木紫乃さんと書評家の豊崎由実さんが、河崎秋子さんに会ったときの印象を書いているのが興味深いので抜粋し紹介する。

◇文庫『鯨の岬』の解説で作家の桜木紫乃さんは、2013年に北海道内の書き手が札幌に集まり会食したときの印象を書いている。
── 今でもはっきりと覚えているひとことがある。いったいどんな話の流れでそんな言葉が飛び出したのか、それすらも霞むほどの衝撃だった。
「鯨以外の哺乳類はすべて絞めることができます」
 初対面の挨拶の流れにしてはハードなひとことだったが、返した言葉が「人間も?」。こちらの質問に彼女は「ええ、たぶん」と答えたと記憶している。
 そのあと彼女は落ち着き払った仕種で、声で、哺乳類を絞める方法を語っていた。
 当時の彼女の生業は羊飼いで、生家では牛馬の世話もしているという。いつ原稿を書いているのか、との問いには「牛舎に出る前です」と答えた。──

◇文庫『颶風の王』の解説で書評家の豊崎由実さんは、2015年、小説家同士のトークイベントの打ち上げの席で、少し離れた席にいる見知らぬ女性に目がとまる。
── ポニーテール風、というよりはひっつめ頭的に適当にまとめたヘアスタイル、Tシャッとパンツ姿に首からはタオルを下げた、洒落っ気皆無のスタイル。日焼けした筋肉質の身体つきと、強い眼差し。文系イベントの打ち上げの席ではあまりお目にかからない面構えのいい女性で気になったので、隣席の知人に「あれは誰か」と訊ねたら、「『颶風の王』という作品で三浦綾子文学賞を受賞した新人作家で、普段は北海道東端の別海町で羊飼いをしながら小説を書いてる」「今日ここに来る前、北海道マラソンを走ってきたみたい」という答えが返ってきたものだから、思わず「羊飼いぃ〜っ?」「マラソォンン〜ッ?」と素っ頓狂な声を上げたことを今も鮮明に思い出すことができる。──と書き、

 さらに、── 馬に命を救われたミネ。馬によって命を与えられた捨造。自分が救い出すことがで きなかった馬に心を残し続ける和子。最後の一頭となった馬との対面によって、大きな視野を得るひかり。豊かで美しいだけではない、厳しく残酷な貌も持ち合わせる東北や北海道の自然を背景に、人と馬の百二十年余りの時間を、原稿用紙わずか四百枚弱で描ききった力量に感服。ベタついた動物愛護精神とはかけはなれた心持ちで、馬という生きものの魅力を伸びやかに伝える闊達な文章に感嘆。三年前の夏に見かけた面構えのいい女性は、面構えのいい小説を書く作家だったのだ。──と書いている。