文庫・鏑木蓮著『イーハトーブ探偵』を読む

    東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ
    西ニツカレタ母アレバ  行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
    南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
    北ニケンクヮヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ

 これは、宮澤賢治の『雨ニモマケズ』の一節である。

            
 この小説・鏑木蓮著の『イーハトーブ探偵』の宮澤賢治も、写真でお馴染みの帽子にインバネス姿で、昆虫や鉱物への興味から、革製のトランクにルーペやピンセットを入れて、東奔西走するのである。
 この小説は、4つの物語から構成されている。
   「ながれたりげにながれたり」
   「マコトノ草ノ種マケリ」
   「かれ草の雪とけたれば」
   「馬が一疋」
 このように、これらの物語は、賢治の詩の題名に基づいており、それぞれの賢治作品の世界が、各篇の背景となっている。
 この4つの物語を詳しくは書けないが、東奔西走に当てはめれば、
 東に「電信柱が歩いたり、カッパが現れた」と不思議な話を聞けば、飛んでいって現場を検分し、その現象を驚くべき推理を繰り広げて解明するし、
 西に「生首切断事件」があれば、その現場の状況と、その事件につながる動機を推理して、犯人を突き止め、
 南に「兄が殺人事件の容疑者」になって悩む娘がいれば、そこに出掛けて関係者の些細な言動と、社会的背景も加味しながら真犯人を推理し、
 北に「生き馬を一瞬のうちに骨にしてしまった毒蛾」がいるのでしらべて欲しいと要請されれば、そこに行って、鋭い観察力で真相を突き止めるのである。
            
             
 ここに登場する宮澤賢治は、
 僕たちの今までイメージしていた「聖人君子で根暗」という賢治ではなく、ユーモアで明るく、ひたむきに、心底に当事者の事を心配し、心情に配慮しながら、幸せを願っての賢治であり、見事に事件を解決するのだ。
 また、物語には、実在の人物の賢治の親友の藤原嘉藤治がコンビとして登場するし、病気療養中の妹のトシが日に日に弱っていく姿に賢治は心痛めている。
 その伏線もあってか、こんな賢治の姿や行動が、まんざらフィクションではなく、実在の賢治だったのではないかと思わせる。
 また、実際、巻末の解説によると、親友の藤原嘉藤治は賢治没後に、根暗の賢治イメージが広がっているのに対して「大変明るい人だった。微笑も何とも言えない微笑だった。とにかく常に明るくて微笑の絶えない人でしたよ。彼の居る一帯の雰囲気が和やかになるような、そんな人だった。」と反論していたらしいから、著者の鏑木蓮が勝手に作ったイメージの賢治とは言い切れないのかも知れない。
 そう思うと、新たな宮澤賢治像が膨らんでくるし、善し悪しは別にして、ほんとうは、こんな賢治だったのかもと、僕はうれしくなった。
            
 宮澤賢治に興味のある人、謎解き小説が好きな人には、お薦めの一冊だ。