週末・金曜日夜のおしゃべり

 まず、26日、27日とブログを書く時間がなかった言い訳。

◇水曜日は比較的早く帰宅したのだが、先日、古本市で買った『奥の細道をゆく』を電車の中で読んだ。
      
 電車を降りる町田駅ホームに差しかかった時に、芭蕉宮城県石巻を訪れたのは「松島から平泉をめざしていた途中で、道に迷ってしまい、さまよい歩いた末にたどり着いた町だった」という話。
 石巻と言えば、今回の震災でヤマギシが「炊き出し」支援をやったところだ。多摩実顕地のイヌカイ夫妻は、先週末にも石巻に出かけて、春に花咲くのを描いてガレキ撤去後の空き地に菜種を蒔いてきた話を聞いたばかりだ。
 写真は、イヌカイ夫妻が石巻の人達と菜種を蒔く様子。
      
 そんなことで、食事を済ませて部屋に帰ってからも、続きを読みたくなる。
 −− 思ひかけず かかる所にも来れるかなと 宿借らんとすれど さらに宿貸す人なし やうやうまどしき小屋に 一夜を明かして 明くれば また知らぬ道迷ひ行く −−
 この様に、芭蕉石巻で「宿を貸す人もなく、ようやく貧しい民家で一夜を明かした」と書いているが、同行の曾良の日記には親切な武士に宿を紹介してもらったと記されていて、どうして芭蕉は事実と異なる記述をしたのかと、映画監督の大林宣彦さんが、その時の芭蕉の心情を推理していて、ついつい引き込まれて、なかなか本を閉じることができず深夜になってしまって「明日書こう」と床につきブログ記載に至らなかった。
 蛇足であるが、残念ながら松島を出て平泉まで芭蕉は一句も詠まなかったので、石巻に関する俳句はない。


◇木曜日は、午後から埼玉のヤマギシの村・岡部実顕地で首都圏にあるヤマギシの村有志が集まっての研鑽会。
 この研鑽会は月一回の定例(最近、僕の呼びかけがちょっと滞って2ヵ月に一度くらいになっている、反省)で、それぞれの実顕地の様子などを出し合いながら、情報を共有し、懸案のことを研鑚している。
 岡部実顕地は最長老のカワグチさんがお世話している次郎柿がちょうど収穫時期。段ボール一箱、我が家・多摩実顕地にお土産にいただいて帰ってきた。
       

 実顕地に帰ったら、三重のヤマギシの村から若手2名の広報メンバーが生産物のネット販売のことで研鑽会に来ていた。
 研鑽会が終わった後、深夜までちょっとアルコールを嗜みながら懇談。我が息子と同年代の2人。よく付き合ってくれる。付き合ってくれるだけでも感謝だ。


◇今日はもう金曜日だ
 もう月末だ。朝晩がだいぶ寒さを感じるようになった。
 朝起きて屋上での日課の「木刀素振り」をしても汗ばむことはない。
 今日から会の機関紙「けんさん11月号」の編集を開始。届きだした原稿を整理したり、掲載したい写真を集めたり・・・。
 夕方6時半過ぎに訪問客あり。3日ほど前に「ヤマギシの村を参観したいけどできるのだろうか。話も聞きたいけど訪問していいか」と電話があって、来訪を約束した方が案内所に訪ねてきた。
 若いIT技術者で、農業や共同体に興味があるとのことだった。